三章 屍の楽園と魂者___足りない言葉

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「……」 なんでこんなことになっているんだ? ちょっと記憶が怪しい…確か、なんだか夢見が悪くて……そういえば最近は夢を見ることもほとんどなかった まだ目元が痛い トントンと撫ぜられている背に、冷静になった頭でゆっくりと考えた 男が連れてきた魔女は安全な場所に送ると言っていた い……っていた、よな? あの時、少し頭を覗かれる感覚がしたから、俺の転移の印と記憶を覗かれたんだと思う でも俺がずっといたあの家が駄目になっているのは、見えたはずだ なら次に俺がよく訪れていた場所はというと、やはり村の雑貨屋ということになる しかしここは見たことがない 店以外にも居住の空間はあるはずで、多分、憶測にはなるが、いま俺はそこにいる そして最も不思議なのが目の前にいる男 戦いの場所にいたのは分かっていたが、なぜ雑貨屋にいる? 俺は一度もここの事は伝えていないし俺の後をついてくることも物理的に無理だったはず だとすれば、魔女に教えてもらったか…でも、なんでだ? 「(…わからないな。それにしても、落ち着かない…!)」 身を守るものも根こそぎ奪われている感じがする…俺の服はどこだろうか とりあえず男から離れようと思い切り力を入れる 「あっ」 椅子ごとバランスが崩れて後ろへと どんと篭るような音がしだが別にいい、まず、服を出そう 今の自分の服装は下だけ履いているような状態で、それ以外は腹と腕、後は頭に細い布が巻き付けられているだけだった 確かこれは、人間が怪我をした時に巻く包帯だったか 考えている間に魔力を込めて空間の中に手を突っ込んだ 中を探って布の感触を掴むと、引き摺り出して広げる その間に今の音を聞きつけたのか階段を登る音が聞こえてきて、慌ててフードのついた黒いコートを身につけ、 「すごい音がしたけど、大丈夫ですか!?」 バン!と勢いよく扉が空いて出てきたのは思った通り、雑貨屋にいた青年の姿 目深にかぶったフードの隙間から見た彼は、起き上がる途中の男と、俺の方を見た 「……起きたんですねっ!よかった…本当に、よかった!僕もう駄目かと思って……あんな、怪我して……っ!あ、今水を持ってきますので!」 涙を溜めながら俺の方を見て話す姿に、どうしてそんな顔をしているんだと不思議に思った 彼と会ったのは仮面越しで、顔どころか言葉すら交わしたことがないのに 「…話せる?」 「……」 こくりと頷く 突き飛ばしたにも関わらず、痛みなんてなかったかのように、あの時と同じような柔らかな笑顔を浮かべていた 目には相変わらずに険悪も何も黒い感情はない ただ、透き通った琥珀色の目だけが俺を見ていた 「ずっと、話したいと思っていたんだ。マティーア…ああ、一緒にいた魔女だけれども。彼女があなたの居場所を私に教えてくれた」 「……」 「どうして私を助けてくれたのかも、ずっと私を置いてくれたのかも、知らない。最後に私を騎士達の前に置いていったのも。聞かせて欲しい、まずは、名前から」 名前から いつか、俺は男の名前すら知らないと呟いていたことがあった でもあの後、目の前に座るのが探されている第二王子だと知って、俺だけ知った気になっていた 黒いフードの下、さっきよりも見えなくなっている視界の中で覚悟を決めた 思考があっちへこっちへと行く中、強制的に考えを閉じる 魔女の村も、住んでいた場所も何もかもないのなら…行く先は人間の生きる世界だ 人から何を、どんな感情を向けられようとも……前へ、進まなければ ゆっくりと息を吸い込んでから、前を見た 「…俺は……スノア。…あんたは」 「私はリグレア。リグレア・リンクドールだ。ようやく、あなたの名前を知ることができた…!」 男…リグレアはそういうと、今まででいちばんの笑みを、見せた
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