三章 屍の楽園と魂者___足りない言葉

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「スノアと呼んでも?」 「別に」 「じゃあ呼ばせて貰う。あまり時間がないんだ。私はもっと話がしたんだけど……とりあえず外に出る準備をしてほしい。いつものでいいから」 言われなくても、と服を取り出して身につけていく 痛みは確かにあるが、動けないほどではないのはやはり自分が人とは違うからなのだろう 下衣を履いて、足を下ろした先にあった膝下まである靴を身につける 長い上着を包帯を巻いた体の上から身につけて手袋を、その上からさっきまで着ていた服を着た 最後に…と見渡して、いつも身につけていた白い仮面がないことに気がつく ひび割れの入ったあれは一つしかない 探そうとする前に、扉が開いてコップが二つ乗った盆を持って雑貨屋の青年が入ってくる さっき水を…と言っていたからだと思うが、何か布に包まれたものも乗っていた 「あ…お邪魔でしたか?これ、水です。それと…」 近くの机にコップを置きながら俺の方へ布を手渡してくる 軽い感触 開くと中には、白い大きな破片がいくつも入っていた これは…俺の…… 「第二王子…殿下、えっと。外にエユとクロアと名乗る人が来ているんですけれど、お知り合いだったりしますか?」 「来たか。通してくれ」 「あっはい」 布に包み直して影の中に落とした 口元まで布を引き上げると、ばちりと視線が合う 「(…だからどうして、そんな…顔をするんだ)」 嬉しそうな顔 ずっと前に見た顔はなりこそ少し変わったものの、中身は何一つ変わっていなかった 俺が話すわけでもなく、リグレアが話すわけでもなく、静かな空気が部屋にみちる だけれど、それも階段登ってくる大きな音で掻き消えてしまった 扉を開けて部屋を覗いてきたのは二人の男 「リグレア殿下ー、準備出来ましたよ。ちょうどそっちの魔女さんも起きたみたいだし行きましょうよ」 「馬は三頭しか用意できませんでした。なので私がエユと一緒に乗ろうと思うのですが」 「…スノアは馬に乗れるか?」 馬 馬というのは馬車に繋がれている動物……の事、か そんなもの 「乗ったこと……あるわけない」 必要も感じないし、移動は自分の足か転移でしかしたこと無かった なぜ馬に乗る前提になっている 行く場所さえ分かれば勝手に行くのに 「なら私と一緒に乗ろう。これから行くのは王城だ。エユとクロアは一人ずつで乗るといい。ここから王城までは半日程かかるから道中の護衛は任せた」 「はい!」 「はい」 俺が返事をしない合間に物事が決まっていくのを、どこか遠い場所から見ているようだった 何を説明されるでもなく道具屋の二階から外へと連れ出される 途中見かけた道具屋としての店内は、俺が勝手に置いた転移の目印と、よく見かけた木の実の絵が、飾られていた 外は村人が集まっていた かつて俺を見て石を投げつけたり、負の感情を露わにしていた人間達は、どうしてか好奇の目を向けている まるで掌をくるりと返されたような様子にまた、眉が寄るのがわかった 「(…気味の悪い。今だってそうだ、あの濁るような恐怖も険悪も負の感情も何もかも、存在していない。見た目は変わらないのに)」 過去が全てなかったかのようだ 俺の様子を見ることもしないで、にこやかに髭を蓄えた人間と話をする三人 村人には目もくれずに颯爽と馬にまたがり、リグレアは俺の方へと馬上から手を伸ばしてくる 馬に乗れない俺を乗せようと言うのか 「…一人で行く。場所を教えろ」 「それは駄目だ。王城に入れなくなってしまう。魔法で入ろうとしても拒絶されてしまうそうだから一緒に行ってくれないか?」 「……」 きっと、それはこの国と取引があった魔女の仕業だ 存在する種族の中で唯一、魔女だけが様々な現象を引き起こすことが出来るのだと教えてもらったことがあった 大人しく手を取る 今の俺の状況を見て、まだ傷の痛みも癒えていない状態で一人で行動するのが危険だということも、理解はできていたから
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