三章 屍の楽園と魂者___別れ道

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「スノア」 「…何」 「人間も同性同士で愛を交わすことが出来る」 「っ……愛?リグレアはよくある、友情という好きの事を言っていたんじゃないのか?」 なんで、そうなる! 人の生で言えばほんの少しの時間なのに…あれだろう? 平凡な少女は譫言のように言った、胸がドキドキして、ずっとあなたのことを考えていると ただの気の迷いじゃないのか 俺には分からない 雑貨屋の店主が寄越していた本にたまに出てくる程度で、言葉だけでは分からないんだ 当たり前なのだけれど 「好きも愛もよく分からないからそんなもの、押し付けるな。要らない」 「そんなことはない!スノアは、知らないだけだ。文字だけでは分からないことは沢山ある」 さっき俺が考えたことを言われて押し黙る 「…だけど、」 リグレアに言い返そうとしたけれども何を言ったらいいのか分からなくて、閉じた 確かに俺は人と関わらなかった ろくに話したことのない口は、俺の考えを伝えるには役不足だ むしろ話さない筆談の方が饒舌に行ける気がする…今本当にそう、思う 「初めは好きじゃなくてもいい。スノアが好きなだけ、私の所にいればいい。私に触れられるのは嫌いじゃないんだろう」 触れる、触れないよりも頭に届いたのは、私の所にいればいいの一言 それって 「居場所を、くれるのか?」 「?家に戻るつもりなら、帰さない。それに、私はあの時スノアに背を押されて手を離されたことが今でも、ずっと残っているんだ」 あの時…それは、俺が首につけられた首輪を外して、王都周辺を巡回していた兵士に身柄を預けたときのことか 「はじめて声を聞くことができた。何を言っているのかはわからなかったけど、私はそれが嬉しくて…でも違った。スノアは元から私を元の場所に戻そうとしてくれていたのを、私は見ない振りをしていた。もしかしたら、ずっとここで一緒に暮らせるのかも知れないと」 もう一度、腕が伸びてきて囲われる 布越しの暖かさに力が抜けると、逆にリグレアの回す腕の力が強くなった 眠くなる 「寝てもいい。まずは怪我を治してくれ」 そう…する 聞こえたのかは分からないけれど、頷いたような気がした 人の気配を感じる部屋の中で、外の明るさも気にすることなく俺はゆっくりと眠りに落ちていく 今度は、夢を見ないといいなと思いながら No.sideーー すぅ、と眠りについたのを見届けてから、自分で食べる分の食事を持ってきて隣で食べ始める 見ているだけで痛々しいほどの腹部の傷は、魔女が放った魔法にえぐられたのかかなり深い物で包帯を変えるときに見えた 初めて聞いたスノアの話はとても悲しくなる 彼も、彼の周りの魔女の運命も 額に手のひらを当てると手のひらよりも熱かった 「私が、心にある重さの少しでも持つことが出来たらいいけど。けれどスノアは何一つ言ってはくれないだろう」 寝ている顔は安心したかのように穏やかだった もしかしたら言葉のない部屋の中でも仮面の下はこんな、穏やかな顔をしていたのかもしれない 私が何かをしたというわけではないと思う 私につけられていた忌々しい首輪を外したら、私を人の世界に戻そうとしてくれていたのだから 私にとって、あの時間はかけがえの無いものとなった また会ったときに…私よりも強く、そして弱い姿をこの手で少しでも守ることができたのならいいとも 「私の思いを返してくれとは言わない。でも、私が触れるたびに安心したように力の抜ける姿を見ると、もどかしくなる。手を払って逃げないのかと、問いたくなる」 赤い目は、私をどんな気持ちで見るのだろうか 「あなたの心が知りたい。どうか、私の事を好いて」 小さく願う願い事を、そっと呟いた
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