終章 安息の地を招く

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あの後俺が起きたのは次の日の昼だとリグレアが教えてくれた 腹部にあった傷はだいぶ痛みも引いていて、手に触れると大きさも小さくなっている そう、リグレアに言ったのに信じないのか包帯を取られたけれども 魔女と人間は根本的に体の構造が違うのだから 傷がだいぶ治り、予定通りに村を出た後は早朝のこと 週に二度訪れる商人の馬車…遅れて村と街とを往復する乗合馬車がやってきたため、街へと行く村人と馬車に乗った フードの奥から流れる景色を見る 木と草が緩やかに流れて行って、時折見える草食の動物達を追い抜いていく あの森とは違う、戦うために生まれたのではない生き者たち 「(あまり、馴染みがない。一人だと気にする余裕もなかった)」 急にガタンと、石でも踏んだのか車体が大きく跳ねた バランスこそ崩さなかったものの、念のためなのか腰に回された腕 「危ない」 「っ…大丈夫だ」 ふわりと香るのはなんの匂いだろう 花にしては、甘くない 体が離れて元の位置へと戻った後も、服に写ってしまったように、残滓が残っていた… 結局道がなだらかになるまで腰の腕は取れなかったけれど、離してと言ったら離してくれたのかはわからない 顔が怖い いや、笑顔だったんだけれど…その裏に何か滲み出るものがあった 転移では見ることのできない、馬に乗せられた時よりも遅い歩みだが二時間もかからないうちに街へと着いた 旅をしていた時はいつも歩きだったから…新鮮で 無意識のうちに拳を握りしめていた 「この街からもう直ぐ出る馬車があるからそれに乗ろう」 「…王子なのに、手慣れている」 「騎士団の方に普段はいるから、慣れているだけだ。スノアは物珍しそうだ」 「馬車に乗るのは初めてだ。仮面をつけずに歩くのも」 「そういえば馬にも乗ったことがないと言っていたな。どうしても顔を隠したいか?」 「…別に、いい。いらない」 俺よりも少しだけ上にある目を見て言う 突き放したような俺の物言いにまた、笑った たわいもない話をすること、人間同士の会話を隣で聞いたりすることがとても楽しい たまに、誰かもわからない人間に話を向けられたこともあった 酷く驚いた だって今まではそんな素振りのひとかけらも向けられたことが無かったのだから 国境に差し掛かった頃に一番近い村で、リグレアの手を掴み降りる 人が見えなくなるあたり そろそろ魔力も体力も万全に近いぐらいになった だから、馬車での移動ではなくて転移で彼が住んでいる城まで戻ることができるだろう 人もいない一本道を黙々と歩いて、村から見えなくなる辺りで止まった ここなら大丈夫、のはず 遮るものはわずかに生える木々だけだ 「もう大丈夫なのか?」 「この距離ならいける。リグレアも俺なんかと旅をするより早く戻りたいだろ」 「私はこのまま何処かへ行っても良いと思ってるけれど?」 「冗談を」 亜空間の中から小さな宝石を取り出して魔力が入っているのを確認する いつもなら手袋に縫い付けられたもので媒介は事足りるけれども、念には念を入れる 流石に距離が長い 隣に立つリグレアに向かって手を差し出すと何をするか分かっているからか、すぐに出された手を握ってきた 静かに魔言を唱え始める 『noitangi sednoitacol refsnart』 癖のように爪先で地面を叩くと、ずっと前に、リグレアを兵士達の前へと連れて行った場所に立っていた
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