99人が本棚に入れています
本棚に追加
/78ページ
それから数日後
食堂で交わした話の内容も忘れかけていた頃、第三隊との合同訓練の日がやってきた
騎士団にはそれぞれ一から六までの部隊があり、三、四日おきで二つの部隊が一緒に訓練するようになっている
今日は俺がいる第五隊と、リグレア様がいる第三隊
朝からみっちりと休憩を挟みながら手合わせをし、全体で攻防分けて戦い、戦術や技についてを話し合ったりしている
通常よりも話す時間が多いにもかかわらず、昼に差し掛かる頃には全身にじっとりと汗をかいていた
昼休憩の合図があり、座り込んだりすぐに飯を食べに行く中、少し前からいなくなっていたリグレア様が何故か訓練場に戻ってきていたのが見えた
昼だから出て行くならまだしも、何故?と頭を傾げてみていると後ろから一人、ついてきている
「少し場所を借りる。気にせずに昼の休憩に入ってくれ」
よく通る低い声で残っている面々に声をかけたが、俺も含め他の殆どの騎士がその場から動かずに日常の珍事を見ていることにしたようだ
わかる、気になるよな
ついてきていたのはリグレア様よりも少し背の低い、黒い衣装に身を包んだ男…だよな?だった
フードをしているから顔はよく見えない
周りが静まりかえっているわけではないから何を話しているのかは聞こえないが、リグレア様が笑顔で話しかけている
思わず二度見した
もしかしたら、彼が同僚が言っていたいい人…なのか?
最近よく表情を表に出すようになったと聞くし、目の前のリグレア様を見ると嘘じゃなかったのかと思う
すれ違いざまに騒いでいた文官がいたが本当だったんだな…訓練中はずっと真顔だから尚更、想像がつかなかった
肩まである壁にもたれて二人が話しているのを見ていると、寄りかかった体の肩に重い何かが乗ってきた
…重い
上を見ると布に包まれた筋肉の塊と、頭に当たる硬い髭の感触
「……何してるんですか団長」
「いや、面白いことをすると風の噂で聞いて様子見にな。知ってるか?あれは、人間じゃないらしいぞ」
「え、それはどういうーー」
「始めるみたいだ」
内容を問い詰めようと向き直ろうとした頭を戻す
話していた二人はお互いに距離をとって武器を構えている所だった
リグレア様はロングソードを正面に、黒服の男はその半分ほどの長さの短剣を横向きに構えている
…あまり、黒服の男は得意そうではないみたいだ
はじめに向かったのは黒服の男
少し背を低くして狙うのは上半身の……腕?
薙ぐように振られた短剣は正面にあった剣に簡単に弾き返されたけれど、すぐに追ってくるリグレア様の反撃は難なくかわしている
……あっ
二度目、すぐに体制を直した所に叩き込まれた剣を受け止めた時に、黒服の男が持っていた剣を弾いた
剣が俺の方へと飛んでき…飛んできたぁ!?
咄嗟に手で当たるであろう場所を守ると、上からヌッと伸びてきた手が短剣を掴んで受け止めた
「っ…うわあ」
「あぶねえな。おい!剣を弾くときは気をつけろ!」
目の前で刀身の腹を持って受け止められた短剣を、冷や汗が流れているままに見る
うわあしか出てこなかった、やっぱり団長は団長だった
リグレア様はこの団長に五分五分で勝てるっていうんだからもう、可笑しいよな
あの人何歳だっけ本当に
俺が現実逃避をしていると、剣を飛ばされた黒服の男が俺の方へとやってきた
フードの下が見える
……なるほど、噂になるわけだ
見たことのないぐらいの白い髪と肌、血のように赤い目、同色に近い模様が肌に刻まれている… どこかの少数民族のようにつけているものだろうか?
色にまず驚くが、顔立ちも男らしく、綺麗なものだった
「握り方が甘いようだな。あまり使い慣れていないのか?それにしては足捌きは様になっている」
「…使い慣れては、いない。気をつける」
俺の上で団長が差し出した短剣を受け取った男は最後、俺の方を見て小さく悪い、と言うとリグレア様の元へと戻っていった
一体、何者なんだ?
流石に空腹には勝てないのか何人か移動し始めて人が減る
俺もそろそろ食べに行かないと食いっぱぐれると思い、上の重りをのかした
「なんだ、もう行くのか」
「行きますよ。何も食べないで午後なんて、死ねと言ってるようなものじゃないですか」
「確かにな。じゃ、俺はリグレアんとこに行くとするか」
はいはい、と適当に手を振って訓練場を後にする
珍しいこともあるもんだと食堂で居合わせた同僚と話しながら食べ終え、今日見たものと午後についてを話していく
戻るころには黒服の男はいなかった
俺たちは知らなかった
何度か訓練場で黒服の男を見かけることが増えて行くことを
出入りを許可した団長がニヤニヤと笑いながら、リグレア様にある提案をすることを
隣で聞いていた黒服の男が乗って、とんでもない戦い方をして、見ていた全員の心臓が縮みそうになるのはもう少し先の話だった
最初のコメントを投稿しよう!