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まだいつもよりも早い時間に戻ったあと、汗と土汚れを綺麗にしてから椅子に深く座り込んだ
同じく隣に座ってきたリグレアに、今日アデルと話したことを話す
多分言葉にしたことはぐちゃぐちゃだったはず
でも、何も言わずに聞いて相槌を打ってくれることに安心を覚えていた
「ーーだから、」
「スノアはどう思った?私に話しているということは考えたんだろう」
「それ…は……」
被せるように聞かれた言葉に思考がだんだんと沈んでいくのが自分でもわかった
もし、もしも今、リグレアの隣にいるのが俺ではなく別の誰かだったのなら
広い部屋にある椅子の上で、投げ出された手を握られているのが違う人なら…俺は、嫌だと思ってしまった
アデルはこれが答えだという
こんな自分勝手な感情が好きだということなら、なんて面倒なんだろうか
「リグレアが誰かの手を取るのは、嫌だと……」
「私は、スノアと共にいられるだけでよかった。私こそ、スノアの隣に私以外がいるなんて許せない」
ハッと顔を上げると穏やかに微笑んでいる笑顔
いつのまにか、俺の気持ちは同じ大きさになっていたのか…誰かに、この場所を明け渡したくないと思うほどに
リグレアの隣にいるようになってからもう月が2回満ち欠けを繰り返していて
時間が経つごとに少しずつ瓶に沈められる砂のように溜まっていた
だんだんと近づいてくるのをぼうっと眺めていると、手を掴まれて立たされ、リグレアに抱えられる
「っうわ」
「静かにしないと舌を噛む」
「…自分で歩ける。下せ」
「今から下ろす方が手間だから、このままで」
膝裏に差し込まれた手と、ぶらりと空を切る足に不安定さを感じて胸元の服を握りしめる
なぜかそのまま器用に扉を開けてから隣にあるリグレア部屋へと連れて行かれ、俺のところよりも大きなベッドの上へと降ろされた
白い布の上に黒が広がる
「こうやって運ぶのは二回目だ」
「は?…前にも、あったのか?」
「1度、ボロボロの姿で倒れていた時に」
「ああ…あの時か」
俺の意識が戻ったのは血の後もなく手当てがされたあとだったからたしかに記憶がない
「何も思わなかったのか?白い髪も、赤い紋様も。人とは違う姿を。見たんだろ」
「綺麗だと思った…伝えたくても伝えられなかったが」
首を軽く叩く仕草
声よりも動きが伝える感情があったから
「いつまで。…もし、」
言葉に詰まる
でも先を促すように首筋を撫でられて思わず手を取った
考えも全て言ってしまった方が早い
「もし俺がお前に、人であることをやめろと言ったら、どうする」
「…それは、どうして?」
「……」
「いや、いい。どんな理由であれ私に言ったということはスノアの中で確かな理由がある。違うか」
「違わ、ないけど」
「なら構わない。私がスノアに与えられるものは私の隣と、暖かさぐらいだろうから。スノアはやろうと思えばなんでも出来てしまうから」
真っ直ぐと迷うことなく俺が欲しかった言葉を告げられた
俺は思ったよりもできることは少ないけれども
「(…やっぱり、俺一人で考えることじゃなかった。俺一人なら勝手に自己完結して、別のことをしようとしていただろうから)」
「…スノア?」
「ならもう、遠慮はしない。右手を貸して」
言葉にするのと同時に俺の方に伸ばしてきていた手を取って、掌を上へと向けた
ゴツゴツとした長い指の付け根、線が走る場所をそっとなぞる
影の中に入れていた短剣を取り出し、リグレアの手を深く、刺した
「っ…!せめて、何をするか言え」
「血を巡らせる…魔女の儀式。魔女は只人よりも長く生きる。俺は、お前死に行くのを見たくない。リグレア・リンクドール、言葉の責任を取れ……もう一人は嫌だ」
「ーーー寿命か」
短剣を抜くといくつもの赤い球ができて、なだらかな掌の上を滑り落ちて赤いしみを作る
その切さきを今度は手袋を外した自分の左の掌へと突き刺した
「っ…」
俺が覚えていない小さな時
魔女たちが掟を作るときに血を合わせていたらしい
これ同じだ
短剣を影の中へ落としたらすぐに血の流れる掌同士を繋いだ
「痛む、何か噛んでいたほうがいい」
「大丈夫だ」
リグレアの血が、魔力を含んだ血を拒絶するようにドクンと一度、音が鳴ったような気がした
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