番外 願いと儀式と

7/7

99人が本棚に入れています
本棚に追加
/78ページ
「んん……?」 部屋の中に差し込む光で目が覚めた 生き物の気配が何ひとつなく、しんと音のない静寂が場を満たしている いつ寝たのかは記憶にないけれど、全部綺麗になっていて 「……」 慣らされているような気がする いや…気がするんじゃなくて確実にそうなんだと思う 部屋を明るく照らすのは太陽の光で、眩しさに手で目元を隠したままゆっくりとした動作で起き上がった 枕元に置かれていた服を手に取り着替える 釦を最後まで止めて影から出した外套に袖を通した時、窓辺に何か生き物がいることに気がついた 赤い羽根と黒い目をした小鳥 僅かに羽の周りに魔力の残滓が残っていて、だれがこの鳥を飛ばしたのかがわかった 「(何か、あったのか?)」 フードを被った手で鳥の背を軽く撫でると高い声で鳴く 首元につけられた宝石のついた紐 「…生き物を使うとか」 相変わらずすごい 俺は頭の中で場所を思い描くと、静かに魔言を唱えた まだ草の香りがする 土に混ぜ込んだ何もかもを短い背丈の草が覆い尽くしていた 俺が目を逸らして見ないようにした時と変わりなく…でも奥に見慣れない建物が1つあるのが見えて、迷うことなく歩いていった 造りは同じ 元はこの村にいたんだと彼女達は言っていたっけ 備え付けられた扉の中央に手を置くと、勝手に魔力を吸い取り木の木目に沿って線が走った 「あらぁ、結構早かったのね」 「ランフィ」 「可愛らしいお顔で寝ていたからまだかかるかと思ったのに、外れたわぁ」 「ランフィどいて……どう?ここに来た感想は」 笑いながら奥からでてきたのはランフィ、その後入口を占領していたのを手でのけながらマティーアが薄く笑った 血の匂いも、戦いがあったことも…かつて魔女達が住んでいた形跡さえも消してしまった 何もなくなった土の大地に自然が根を下ろした まるで周りの森に飲まれるように開けた空間と、淀んだ魔素だけが渦巻いている 「…皆古代森林の一部に飲まれてしまった…と。でも、納得もしているから不思議な気持ちだ」 「分からないでもないわ…だって、私もこんな光景初めて見たんだもの。巡る記憶にも存在しないもの。もう慣れたけどねぇ」 「そう。私たちは初めてだった。…スノア、今日呼んだのは見せたいものがあるから。ついてきて」 「私はここで待ってるわぁ」 「そう。じゃあ行こう、スノア」 マティーアが手に短杖を携えながら家を出て向かっていたのは、かつては鈴なりの木があった道だった 整えられていたはずの道…その至る所から植物の根が地上に顔を出している 根は奥へ行くにつれて大きく太くなっていた 「驚くかもしれないけど…覚えてる?悪夢の足元にあった蕾の花。白い花弁の閉じられた花」 「…覚えている」 「なら、分かる」 なにを?と問う前に開けた場所に出た 至る所に大型の苔の群生があって 「これ、は」 鈴なりの木には赤と青の実がいくつもぶら下がっている その下、根元には大きな花弁を開いた花が苔の隙間から顔をのぞかせていた 空へと登ったはずの魂の花 なんで、ここに… 「気がついたら咲き始めていた。私たちの同胞は、戻ってきていたの」 「…いつから」 「少し前。そのうち私達の子に魂は巡り、宿る。それまではこのまま」 「……」 「気がすむまでいるといいよ。私は戻るから」 軽く手を振りながら元きた道を戻っていくマティーアの方には目を向けずに、じっと白い花々を見つめていた きっとこの花達には既に意識はないんだろう 話す言葉も何も持たずに花という器に魂だけを入れて、次の生を待ち望んでいる もし魔女の村が襲われなかったのなら、魔女が一人居なくなって次の命にまた宿るようになっているんだろう 魔女の中には前世の記憶がある人が何人もいるというから 「…どうか、次は」 願いがひとつ、増えてしまった 「長く、寿命を終えるまで生きることができるように」 俺の為にと抵抗をやめてしまった彼女達へ 「俺は、あなた達の手を煩わせることがないように。守ることができるだけの力をつけるからーー 次は傷つけない。話が、したいんだ…本当の言葉で…」 早くその時が来ないかと願う中 鈴なりの木が眠りについている魔女達の言葉を代弁するかのように、風もないのに葉を揺らしていた
/78ページ

最初のコメントを投稿しよう!

99人が本棚に入れています
本棚に追加