箱の底に残る物

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「人って、ホンマに弱い生きもんなんよのう……」 こだまの話を聞き終えて、ハルちゃんはポツリと呟いた。 「自分を守るために、時には誰かを憎んで、蹴落として、一人じゃそれができんけぇって、無駄に仲間を増やしたがる……。じゃけん、いじめってもんが無くならんのじゃろうな」 「……うん。本当に、その通りだと思う」 こだまは、三角座りの膝の間に顔を埋めて唸るように言った。 ハルちゃんの言葉が、胸に突き刺さって鈍く痛んだ。 「……ホンマに……──」 ハルちゃんは、もう一度スマホを一瞥(いちべつ)して、こだまの頭を撫でながら 「痛かったろう?」 と、言った。 「……うん」 こだまは泣きながら頷いた。 「言葉って、痛いんよなぁ……。しかも、しばらくはしこりみたいな形になって、ずっと心ん中に残って、大事な場面で邪魔するんよ……」 「……やっぱりハルちゃんも……色々聞こえて辛かった?」 「そりゃ、まぁ……。けど、わしの場合とこだまの場合はまた別もんよぉ。……わしのは、相手がたまたまそう思ったのを、わしが何の気なしに聞いてしまっただけじゃし。けど、こだまの場合、こうやってスマホん中に残っとるのは、コイツらの悪意そのものじゃ。しかも、文字として残るのを知っておきながら、自覚を持って発信しとるのがホンマにタチが悪い」 ハルちゃんが、眉間にシワを寄せて苦々しく言った。 思っていても、自分では上手く言葉に出来なかった怒りの感情を、代弁して貰えたことが何となく嬉しい。 けれど。 「……でも、みんながみんな、それをしたくてした訳じゃないと思う……。それはあたしの願望とかじゃなくて。……なんて言うか、そういう、“ いじめに参加しなきゃいけない空気 ” みたいなもの、あるから……」 ──例えば、マユミちゃんみたいに……。 こだま自身、それを知っているから、怒りの感情だけをハルちゃんと共有する資格は無いと思った。 ハルちゃんが、自分のための犠牲になってくれたあの日。あの日だって、こだまはその “ 空気 ” に流されたのだから。 「空気なぁ……。確かに、あるよなぁ。むしろ、それに流されとる奴らの方が大概じゃろうなぁ。でもそれがあるけんって、いじめに参加していいってわけじゃない。現に、こだまの心には大きな傷がついとるわけじゃし、仕方なくやりました言われたけぇって、すぐに癒えるわけでもないじゃろ?」 ハルちゃんの言葉の説得力に、こだまは黙って頷いた。 「空気はしょせん空気。目に見えんもんに怯えたってしょうがないのに、みんなそれが一番怖いんじゃけん、不思議よのう 」 ハルちゃんは、全くわからないと言うみたいに首を振った。 「参加しなきゃ、次は自分がいじめられる。……そんな暗黙のルールが、その空気を作って、みんなそれを怖がってるんだよ」 「ホンマにそうなんかのう? 」 「……そうに決まってるよ」 だって、自分が実際そうだったんだから。 こだまが口を尖らせていたら、ハルちゃんは突然立ち上がって、机の上の吸入薬を手に取った。
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