箱の底に残る物

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「ハルちゃん……あたし決めた 」 涙を拭いて、こだまは立ち上がった。 死に際まで、窓を開けようとしてくれていたリッコちゃんの気持ちを、無駄にしたくない。 「リッコちゃんが開けきれなかった窓、あたしが開けるの……」 「ほうか。よう言ったのう」 「ハルちゃんのおかげだよ」 こだまは立ち上がって、ハルちゃんと共に部屋を出た。急な階段をギシギシと鳴らして、決心が変わらないうちに早足で降りる。 キッチンから、玉ねぎを炒めるいい匂いがする。 早くママに伝えたい。 「……ママ」 キッチンに立つ背中に声を掛けると、振り返ったママは、たった今拭いたばかりのグラスを落としてしまった。丸く、大きく見開かれたその目から、大粒の涙がこぼれ出すと、こだまは急いでその胸に駆け寄って抱き絞めた。 「心配かけて、ごめんなさい……」 「……謝らなくてもいいの。……ママの方こそ、何もしてあげられなくて、ごめんね……」 ママが、痛いくらいにこだまを抱き返した。 そして、その手を離すと、こだまの隣に立つハルちゃんの手を握りしめた。 「ありがとう。ハルくん」 「……わしはなんも……ただ、待っとっただけなんで……」 「ううん。あなたが信じて待っていてくれただけで、私たちがどれだけ心強かったか」 重ねてお礼を言うママを前に、照れくさそうに笑うハルちゃん。その肩越しに、カフェからこちらを窺っているグランマの姿が見えた。 「あ……」 こだまが、謝ろうとして口を開けたら、グランマは唇の前で、「シィ~…………」っと、人差し指を立てた。 そして、こだまが口を噤んだのを確認すると、 「アイ、ビリーブ (信じていますよ)」 と唇を動かして、にっこりと微笑んだ。 こだまは、「うん」と深く頷くと、ママの目を見つめた。 口を真一文字に結んで、自分を見つめる娘のその目の真剣さに、ママも真剣な顔で向き合った。
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