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それからほどなくして、湿った空気に流されてきた雲で、月が翳り始めた。
「こりゃあ、またひと雨来そうじゃな」
「……そうだね」
「……帰るか」
「……うん」
ハルちゃんが、原付のハンドルを握るのに合わせて、こだまもその後ろに跨る。
帰り道は、ただただ寂しい。
けれど、心做しか行きよりもバイクの進みはゆっくりで、こだまはそれがとても嬉しかった。
「あっ! ここでいいよ」
「え? 家ん前まで送るで?」
ハルちゃんは、こだまに促されて、グランマの家の前の角でバイクを止めた。
「ううん、ここでいいの」
もしかしたら、まだママ達が起きているかも知れない。
こんな時間に家の前でバイクの音がしたら、きっと不思議に思うに違いない。
そう思ってこだまが言うと、
「ほうか、わかった。バレんように静かに帰りんさいよ」
と、ハルちゃんは笑った。
「うん。ありがとう」
ゆっくりと、バイクを降りる。
すると。
「あ、ちょい待ちっ!」
ハルちゃんが、降りたばかりのこだまの右手をとった。
「どうしたの?」
「祭り、来週になったじゃろ? ……その……一緒に……花火見らんか? 」
「う……うん!」
大きく頷くと、ハルちゃんは照れ笑いを浮かべながらこだまの頭を撫でた。
「じゃあ、決まりじゃのぉ。……ほんじゃ、とりあえず明日また学校でな」
「うん! またね」
ゆっくりと、ハルちゃんはバイクを走らせた。
後ろ手に手を振るその姿を、見えなくなるまで見送って、こだまはまるで泥棒にでも入るみたいに、裏庭の勝手口から中に入った。
ドキドキが止まらない。
見つからずに自分の部屋に帰って来たというのに、ベッドに入ってからも、ずっと胸がうるさく鳴り続いている。
いつもならもうすっかり深い眠りについている時間なのに、目も冴えている。
「……眠れない……。眠れるわけ、ない……」
遠くの空で、雷鳴が轟き始めた。
「……あーあ……さっき、考えておくわって言ってみればよかった。誘われてすぐ嬉しそうにしちゃって……子どもっぽいって思われたかも……」
窓を叩く雨音が次第に激しくなる中で、こだまはそんなことばかりを考えていた。
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