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その頃、学校に着いたハルは、上履きに履き替えるのを躊躇っていた。
学校についた瞬間降り出した雨音に混ざって、声が聞こえる。
それが、いつも以上に大きい気がした。
教室までは、まだ随分と距離があるというのに、まるで室内にいる時と同じくらいの声が流れ込んでくる。
「……忘れてしもうたか……」
ハルはワイシャツの襟を摘んで自分の胸を覗いた。
いつも首に下げている、ばぁちゃんから貰った翡翠の勾玉がない。
『お前が聞きたくない言葉は、これが吸い込んでくれるけん』
ばぁちゃんは、ハルがまだ小さかった頃に「お守りに」と言ってそれを渡してくれた。
別に信じていたわけではなかったけれど、何となくいつも首から下げていた。
「迷信か思っとったけど、ホンマのことじゃったんか……」
次々と流れ込んでくる声に、聞かない方がいいと思いながら、ハルは耳を澄ませてしまった。
『どうしてそんなことを言うの? 』
今にも泣き出しそうな声で叫んでいるその声だけは、どうしても無視できなかった。
『ハルちゃんが、何をしたっていうの!?』
「こだま……?」
ハルは、上履きの踵を踏み付けたままで、教室を目指して走り出した。
「ハルと付き合うんは、やめといた方がええ」
「心を読まれるんよ? 怖くないんか?」
教室に近付く度に、メグとアコの声が大きくなる。
言葉の裏が聞こえない。
二人はきっと、本心でそう言っているんだ。
ハルはドアに手を掛けた。
けれど、遅刻常習犯の木下以外、全員分の声が流れ込んできて、開けるのを躊躇わせる。
女子は、全員がこだまと自分の話で持ち切りで、男子は昨日のナイター中継の話をしながら、聞こえてくる女子たちの話題に耳をそばだてて、心の中で反応している。
『ハルと付き合おうとか、山野さんは何を考えとるんかわからん』
『他所もんじゃけん、なんも知らんのだろうな 』
今、このタイミングで中に入ると、みんなはきっと気まずい顔をするに違いない。……もちろん、こだまも。彼女はさっきから、しきりに『話さなきゃ良かった』と後悔している。
(入らん方がええ……)
本当は今すぐ中に入ってこだまを助けたい気持ちでいっぱいだ。けれど、自分に何が言えると言うのだろう。
(やっぱ、付き合うなんて、あいつにも迷惑な話じゃったな……)
そう思って、ハルはドアから手を離し踵を返した。
けれど、
「あいつとおったら、こだまちゃんまで不幸になるよ!」
次の瞬間、突然廊下にまで響いてきた沙由美の言葉に引っ張られるように、ハルは力いっぱいドアを開けていた。
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