痛みの記憶

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促されるまま、トイレに入る。 「……あの、言われた通り……こだまちゃん、連れてきたよ」 入口のドアを開けてからマユミちゃんが声をかけると、奥の洗面台の前にいた四人の女子たちが一斉にこだまたちへ視線を向けた。 アンモニア臭を無理矢理誤魔化そうとする柑橘系消臭剤の香りと、射るような視線に吐き気がする。 「ありがとう。マユミちゃん」 真ん中のミラーで髪を梳かしていたエミリちゃんは、コームを胸ポケットに閉まって、隣に立つレイナちゃんに目配せをした。 すると、レイナちゃんがゆっくりとこちらへ近づいてきて、「こっちに来て」と、小声で招いた。 その静けさが怖くてたまらなくて、こだまの足はまるで縫い付けられたように動かなくなった。 ヒソヒソ声でしか話せないようなことを、こんな閉鎖的な場所で浴びせられるのではないかと思うと、どうしたって足が前に進まない。 「こだまちゃん、大丈夫だから……」 マユミちゃんが、こだまの肩に触れた。 恐る恐る横目で彼女を見ると、自分と同じくらい泣きそうな顔で震えている。 なぜだか、それがとても安心感を与え、こだまはマユミちゃんに手を引かれながら前に出た。
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