痛みの記憶

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「じゃあ、こだまちゃんはここに居てね。いい? 例の合図で作戦開始よ? 」 エミリちゃんは、こだまをリッコちゃんたちがいるコーナーから死角になる商品棚の裏に待機させると、ニヤリと笑ってからその足をゆっくりとリッコちゃんの方へ進めた。 「あら? リッコじゃない? すごぉ~い! 偶然だねー!! 」 わざとらしいくらいに明るいエミリちゃんの声が、ゾッとするほど怖い。 「あー!エミリっ! エミリも来てたの? ホントに偶然だねー!! 」 何も知らずに偶然の出会いを喜んでいるリッコちゃんの声が、こだまの心臓をぎゅうっと締め付ける。 たとえ自分をいじめた相手であったとしても、誰かの不幸を笑えるほど、こだまは強い人間ではない。 今ならまだ引き返せるんじゃ…………。 正義感というより、恐怖心からそう思ったこだまは、手に持った商品を見て、そして戻すべき場所を探して視線を彷徨わせた。 けれど、こちらを心配そうに見つめながら、左右に首を振っているマユミちゃんと目が合って、動けなくなってしまった。 彼女の手には、スマートフォンが握られている。 「マユミちゃんは撮影係ね!」 レイナちゃんに任命された嫌な役回りを、彼女も震えながらやろうとしている。 それを見て、『あたしだけじゃない……』そう思ってしまったことが、間違いだった。 「あ、そのリップ!交差点前のドラッグストアならここよりも百円安かったよ!」 エミリちゃんの合言葉が聞こえた。 嘘の安売り情報でリッコちゃんを店から出す寸前に、彼女のサブバッグの中に未会計の商品を放り込むという作戦。とてつもなく卑劣な手段。 本当は、やりたくない。 けれど、「やらなきゃ……また……」と、こだまは小さく呟いて、自動ドアに向かおうとするリッコちゃんたちの方へ小走りした。 予定通り、こだまの肩がリッコちゃんの肩にぶつかった。 「痛っ!」 不意をつかれたリッコちゃんの細い身体は、小柄なこだまの体当たりで呆気なく尻もちをついた。 リッコちゃんの肩から外れたサブバッグは、今日もやっぱりファスナーが空きっぱなしで、中から飛び出した荷物が床に散らばっている。 それを見て、こだまは生唾を飲み下した。 「こだまちゃん? もう!危ないじゃないっ! 」 「ちゃんと前見て歩いてんの!?」 こだまへ怒号を飛ばしたのはリッコちゃんではなく、彼女の隣で荷物を拾うふりをしているアイカちゃんとレンちゃん。 彼女たちは、リッコちゃんの背後でニタニタと嫌な笑みを浮かべながら、「今よ!」と口パクで言いながらサブバッグを指している。 ──怖い……。 目の前が、真っ暗になりそうになった。 いやだ、やりたくない……。 帰りたい。 リッコちゃん、ごめんなさい……。 今、口を開けば、胸の中で(もつ)れた想いが一気にこぼれ落ちそうだ。 「ちょっと! こだまちゃん!! 」 なかなか動かないこだまに痺れを切らしたのか、エミリちゃんとレイナちゃんも近寄ってきた。
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