痛みの記憶

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「ミルクティでいい? 」 向かい側に腰掛けて、カップを二つ並べながらママが言う。 「はい」 温められたミルクの甘い香りと、スッキリとした紅茶の香りが、カップの中で混ざりあって、優しい香りになっていく。 ママはそれにティースプーン一杯のお砂糖を加えて、ゆっくりとまぜあわせると 「先日は、こだまがお世話になったわね。それから、新鮮な貝やお魚、タコをありがとう 」 と、微笑みながらカップを差し出した。 「え? 」 「そんなに驚いた顔しなくてもいいじゃない。子どものことなら何でも分かるの。母親って、そういう生き物よ。私にも、昔夜にこっそり家を抜け出した経験があるから、今回は大目にみるけど、何回もされちゃ困るわよ。ね、ハルくん 」 ママがとてもわざとらしく顔を顰めて、それからすぐに笑ったので、ハルは差し出されたカップを受け取りながら、照れくさそうに笑って、小さく咳払いをした。 「昨日は、本当にすみませんでした。でも、もう今後は一切そういうことはしませんから、安心してください」 ハルはママを真っ直ぐ見据えて言った。 「いやいや、何もそこまで言わなくてもいいのよ? 青春って、多少のやんちゃもつきものでしょう? 」 そう言って微笑むママは、本当に素敵なお母さんだとハルは思った。 だからこそ、余計に彼女の大切な娘のそばに自分がいてはいけないような気がした。
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