プロローグ

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プロローグ

リッコちゃんが死んで、一年経った。 こだまは、まもなく四時間目の授業が始まるというのに、体操服には着替えなかった。玄関にお父さんとお母さんが到着したからと、事務員のお姉さんが呼びに来たからだ。 ついに、この日が来た。 非日常的な不安と期待が、胸の中を支配していくのは、苦手なハードル走を休めるからではないことを、こだまは十分に理解できている。 十四年間生きてきた中で一番の緊張を抱きしめて、こだまは言われた通り玄関へ向かった。 下足箱の横に、ママがいた。今日のママは、いつものナチュラルリネンのワンピースにエプロン姿ではなく、ツヤツヤの髪の色よりも更に真っ黒なスーツを着ている。 こだまはママの笑顔が好きだ。だけど、今日はママの笑顔もいつもと違う。ママだって、緊張しているんだ。 「駐車場で、パパが待ってるから。……行こう」 「うん」 ママが言った通り、校舎裏の駐車場には、グランマの家の赤いミニが停まっていた。運転席には、パパが座っている。 山辺りに停めてある先生たちの車から少し離れた場所でアイドリングしているその姿が、こだまには、今すぐにでも走り出したそうに、自分を待っていたように見えた。 「さぁ、行こうか」 「……うん」 急いで車に乗り込むと、ルームミラー越しにパパと目が合った。 日本人のグランパと、イギリス人のグランマとのハーフであるパパは、甘栗みたいに優しいブリュネットの髪と、ヘーゼルの瞳をしている。 こだまは、パパの目がとても好きだ。所謂いわゆるクウォーターである自分に、そばかすまで似てしまったことは残念だけれど、髪と瞳の色がパパと同じであったことは、本当に嬉しいと思っている。 パパに会うのは久しぶりで、少しだけくすぐったい気持ちになったけれど、それよりも、これから向かう場所に向けての緊張の方が大きかった。 「準備はいいね? 」 「うん」 こだまが頷くと、車はすぐに発進した。 しかし、校庭が見えるところまで移動する「ちょっと待って!」と、こだまはパパに車を停めて貰って窓を開けた。 一人の少年が、軽やかな動きでハードルを飛び越えながら走っている姿が見えたからだ。
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