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「真夜中だ……」
グランマのカフェにある大きな柱時計が鳴るのを聞いて、こだまは、今日から自分の部屋となった六畳の屋根裏部屋のベッドの上で、天窓を眺めながら呟いた。
二時間前から横になっているのに、全く眠れる気がしない。ご飯を食べても、お風呂に入っても取れない胸のざわめきが、こだまを眠りから遠ざけている。
「やっぱり、あれは神さんだったんだよね……? 」
さっきからずっと、こうして月に語りかけている。
「だって、あたしのことを覚えていてくれたんだもん……」
こだまはゆっくりと目を閉じた。
浮かび上がるのは、六歳の夏の日。
グランマのお使いを成功させて、駄菓子屋さんのおじさんからお駄賃にもらったビー玉を、とても誇らしい気持ちで握りしめていたあの日──。
小石に躓いて転んだ拍子に、逃げるように転がったビー玉を追いかけた時の、計り知れない喪失感。
怖くて、いつもママの影に隠れて通るようにしていた鳥居の前で、進むべき方向を見失ってしまった時の絶望感。
夕陽の光を吸い込んで、真っ赤に染まった海。
海風が運んできた潮の香り。
『おまえ、まいごになったんじゃろ? 』
『……うん。ビーだまをおいかけていたら、グランマのおうちがわからなくなっちゃったの……』
『もう泣かんでえぇけん。わしがつれていっちゃる! 』
右の角が欠けた般若面を少しだけずらして、微笑んだ男の子の、小さな手に与えられた、大きな安心感。
その全てを、こだまは鮮明に思い出した。
「うん。やっぱり神さんだったんだよ。……だってあの子、 “ また迷子にでもなられたら ”って言ったもん! だから絶対に神さんだ……」
少しだけ開いている南側の窓から入ってくる波音が、遠い昔に聞いたその音と重なると、徐々にこだまの瞼が重くなり始めた。
「……どうか、また会えますように……」
まどろみの中に意識を浸らせる直前、こだまの瞳にうっすらと残った月の光は、神さんの首元に緑色に光っていた勾玉の、優しい光に似ていた。
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