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ハルは、いつも通り朝日よりも早く起きた。 そして、トイレを済ませ、洗面所で顔を洗って歯磨きをし、まだ少し重い瞼を擦りながら台所へ来ると、ばぁちゃんが使っていた白い割烹着を着て、土鍋でといだ一合の米と、水を張った鍋を火にかけて、豆腐とネギを切り始めた。 カタカタと土鍋の蓋が揺れ出すと火を緩め、隣の鍋に豆腐とネギを放り込んでまな板を洗い、魚焼きグリルにアジの開きを入れて火をつけると、続けざまに卵を三つボウルに割り入れて砂糖と少しの醤油と一緒に混ぜた。 「……そろそろじゃな」 ハルは、土鍋を火から下ろして、代わりにフライパンを置き、卵を焼いた。 そして、卵焼きが出来上がると隣の鍋に味噌を溶かし入れて、焼けたアジの開きを皿に乗せ、居間で眠る父親を起こしに行った。 「おーい、親父! 起きれー!! 」 居間に入ったハルは、カーテンを全開にし、こんもりと盛り上がった布団を乱暴に揺する。 すると父親は眩しそうに片目を開けた。 「んー……起きとる~」 「布団に包まったまんまじゃ、起きとるとは言えんじゃろうが!」 ハルが毛布を剥ぎ取ると、父親はまるで巣を壊された蟻のように、いそいそと布団から這い出てきた。 「朝メシ、用意出来とるけん食べようや」 ハルが台所を指しながら言うと、父親は、牛乳瓶の底のように分厚い眼鏡を掛けると、左手のひらを下に向け、右手で手刀を切るような仕草をした。 つまり、「ありがとう」と言っている。 ハルは、普通に会話をしているけれど、彼の父親の声はずいぶん前に失われているのだ。 自分で作った朝食は、我ながら美味いと思った。 目の前でとても嬉しそうに魚をつついている父親を見て、ハルは少し悲しくなった。 そして、味噌汁のお椀を空にした父親と目が合うと 「そんなこと、親父は何も気にせんでえぇのに……」と呟いた。 二人っきりの朝食の場で、父親はいつも嬉しそうに笑いながら「ごめんな」と言う。 その言葉の裏側が、いつもハルを悲しませた。 「ほいじゃ、学校行ってくる!片付けは親父がやっといてなっ! 」 ハルは鞄を持って立ち上がり、隣の部屋の先祖を祀る祖霊舎に手を合わせてから、元気に家を飛び出して行った。 その背中を見て、父親はいつも思う。 なぜ、あの子だったのか……と。
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