11人が本棚に入れています
本棚に追加
デジタル時計は、02:39。
ハンドルの上部をしっかり握り、アクセルを踏み込んだ。
車体が右にブレたので、左、左、左、左、右ぃーっと、うわうわと回して峠道を猛スピードで下っていった。弦楽四重奏は決して急いではいなかった。
黒木は、ヘッドライトをロービームからハイビームに切り替えた。ちょうど真っ暗なトンネルにはいったところだったからだ。
前方はトンネルの内部の壁がすべて見渡せた。
湾曲した壁のあちらこちらにクラックを修繕したあとが無数にある。
数メートルごとに設置されている蛍光灯はどれも球切れなのかひとつも灯っていなかった。
随分狭いトンネルだった。
先は登りになっていて対向車が来ても寸前まではわからないのではないかと思わせる急勾配だった。
「ふつう、こんなあぶないトンネルなんかつくるか?」
黒木は路面の下から浮かび上がってくるような対向車を想像した。
事故はなるべくして起こる。
状況は極めて事故が発生してもおかしくないシチュエーションだった。狭く、見通しの悪いトンネルに猛スピードで車を走らせている状態はそれはもう確信してもよいくらい事故が発生する状況だった。
『偶然』というより『必然』であろう。
だが、黒木はデジタル時計が02:44であったためスピードを緩めず、車はトンネル内を疾駆した。黒木には確信があった起こるべきことには必ず『因果』がある。
ブオンッ!
黒木の車はトンネルをぬけた。
トンネルの内部とは違い、月明りに照らされた峠道があらわれた。ここからは、川に沿って続く曲がりくねった道だった。
黒木は快調にハンドルをさばく。右、右、左とへいへいと。左左、右右とほいほいと。ヘッドライトのハイビームはそのままだった。
弦楽四重奏も終わりに近かった。
デジタル時計は02:59。
黒木は腕時計の長針が0、短針が3。を気にした。が、車の下から水しぶきが上がった音に驚いた。
ヘッドライトをロービームに戻すと、幾筋もの小川が道路を横切っていた。
山の斜面からドバドバと水が流れ出ている箇所も目にとまった。
なんの前触れもなかった。
黒木の運転する車はいきなり何かに突き飛ばされた。
黒木の車は、はじきとばされ、道のうえをクルクルと回った。
回転しながら見える景色に象のような大きな物体が見えていた。
車内のなかでは荷物が跳ねまわり、何度も黒木の体にぶつかった。
「痛ててっ! 痛ててっ! 痛ててててっ!」
黒木は車内のあちらこちらに頭をぶつけながら、じぶんの体が傾いていくのがわかった。
象のような物体が転がりはじめ、それと一緒にガードレールを突き破り、下方の河原に転落していった。
「あっ?」と黒木は叫び声をあげた。
目が見えなくなる前に見えたデジタル時計は03:00。
奈落に落ちながら見た腕時計の時間は3時ちょうど。
最初のコメントを投稿しよう!