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終了のチャイムが鳴って、先程教室の入り口で拾ったハンカチを取り出す。
持ち主の水瀬は、休憩時間を机に突っ伏して過ごす事がほとんどで、勿論そんな彼女に話しかける人間はこのクラスにいなかった。
つまり、現時点でローテーションが彼女に回って来た事を示唆しているわけで、彼女に関われば自分が格好の的になる事くらい、周囲の女子生徒たちは本能的に察知していた。
水瀬の場合、もともと群れて過ごすのが不得手らしく、女子のどのグループにも属そうとしなかった。
そのことが一部の女子から疎まれるようになり、無口なことが存在感をより薄めた。更に透き通りそうなほど肌が白いのも相まって、いつからか陰で〝幽霊〟という蔑称で呼ばれていた。
窓際の俺の席から二列右側の中央。
クラスのほぼど真ん中で水瀬は今日も机に突っ伏していて、夏の制服から覗く白い腕には涅色の柔らかそうな髪が掛かっていた。
椅子を引いて、立ち上がる。
室内は笑いさざめく声が溢れていて、水瀬の席に俺が近づいたところで、気づく人間なんて誰一人としていなかった。
ただ。
声をかけて、渡すだけだったハンカチを持つ手に淡雪のような白い指先が触れた。
「それ、探してたんだ。ありがと。椎名千秋くん」
そう言って俺を見据える飴色の瞳は艶々とした硝子玉みたいで、触れられた手の甲にはしっとりとした温もりがあって。
〝幽霊〟なんて呼び名とはほど遠い、控えめな笑顔はカスミソウという花に似ていた。
「あ……あのさ、」
だから、もしこの世界に幽霊なんてものが存在するのだとしたら、俺は間違いなく黄泉の世界とやらに一瞬で連れて行かれるくらいの、
「今日、一緒に帰らない?」
大馬鹿者なのは間違いない。
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