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チャイムと同時に喧騒に包まれる教室内で、水瀬の〝気配を無にする才能〟は実に見事だった。
一体いつからそこにいたのか、鞄を手にした水瀬が俺の背後に立っていた。
「み、水瀬!? いつからそこに居たんだ?」
「5分前くらいかなぁ」
のほほんと答える声は、騒がしい周囲の雑音とは正反対の心地よさがあった。
「行こっか」
「あ、あぁ……」
こうして誰かを先導するだとか、能動的に何かに取り組むだとか。
水瀬と主体性を結びつける要素など存在しないのだと思い込んでいた。
だから水瀬の口から出る言葉を反芻する暇も無いくらい、俺の先を歩く水瀬は実によく喋った。
俺が下らないと思う、目の前に広がるありきたりな風景なんかを、水瀬は叙情的な表現で独り言のように呟いた。
「夏の風の音は心地いいね」
「入道雲って懐かしい気持ちになる」
「水面の音は心の音と似てるんだよ」
「群青の空ってどうして切ないのかな」
水瀬が生きている世界は、俺とは全く別物のような気さえしたのだ。
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