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同じ川を流れていた
「あー、蒸し暑い」
「髪くらいまとめてこいよ」
「うっさいなー、こうしたかったの!」
隠れてるからなのか、いつもよりドキドキして、繋いでる手にきっと汗をかいている。
「あのさ……色気、なさすぎだった?」
ぼそっと小声で聞いてみる。
「肌見せて歩く必要ないよ」
「そっか……そうだよね……」
「むしろ見せないで。変な気持ちになる」
さっと下を向く。歩幅を合わせて歩くわたしたちの足が目に入る。暗いから、赤くなったのは見えないはず。
どこでこんなに違っちゃったんだろう? みんな一緒だったのに。
「あー、花火、ロウソク入ってるの買ったかなぁ? なかったらどうしよう?」
「直、ライターだな」
「無理ー! 岳、バッカじゃないのー? 火傷するわ」
パックの中の花火をバラす。セロハンテープも剥がして、ビニールの袋の上に並べる。ヒロも何も言わずに手伝ってくれる。
「ロウソク、あったよー」
ヒロが屈んで手近にあったブロックの上にロウソクを立てる。
「風、強いな、やっぱ」
「毎年のことだろ、ほら、女子! 壁になって風防ぐから、早く花火に火を着けろよ」
わたしとみっちゃんは、どの花火にしようか説明を読みながら楽しく選んでいた。
「えー、パチパチするのが良くない? 線香花火の大きいみたいなやつ」
「わたし、色が変わるのにする」
「女子!」
ふたりで笑いながら走っていって火を点ける。なかなか点かなくて、もっと笑う。
岳はふざけて両手に2本ずつ持って振り回した。
「あっ、ずるい! 反則ー」
「そうだよ、あれ、みっちゃんの花火だよね」
大きな声で笑いながら、手持ち花火を次々と散らした。
なんの前触れもなく、ヒューンと聞きなれない音がした。閃光とともに、何か細長いものが暗闇の中に弧を描いて飛んでいく。
「ヒロ、ロケット花火じゃん? まずいだろ、いつ買ったんだよ」
「うーん、昨日、かな?」
「……」
ヒロはヒロなりに今日を楽しみにしてたのかもしれない。
ヒュッ!
地面に斜めに立てて、次々と5本入りのロケット花火は川面に消えていく。
「……川風で、真っ直ぐには飛ばないな」
「そうだねぇ」
みんなでしゃがんでしばらくの間、ロケット花火の飛んだ方を眺めた。
「……来年も集まれるかな?」
みっちゃんが、みんなが口に出さなかったことを吐き出してしまう。
「さあな、どうなるかわかんないよ」
岳はどこまでも現実主義だ。
「集まろうと思えば、集まれるものだろう」
「……」
「線香花火、やる?」
「どうせ風ですぐ落ちるけどな」
ヒロが線香花火の束をほぐして、みんな1本ずつ手に取る。まるで早く終わるのは嫌だというように、ふざけて何本も誰も持ったりしない。
「落ちた」
「これ国産じゃないだろ? すぐ黒くなって縮むだけだぞ」
「あ、ほんとだ。すぐ消える……」
パチパチと弾ける閃光は瞬く間に大人しい菊の花のように形を変える。
「……ヒロさー、東京行くんでしょう? おばさん、言ってたよ」
「え?」
「デザインの専門だよね。あの学校はいいと思う」
そんな話は一度も出たことはなくて、そもそもヒロは無口だし、デザインに興味があるなんて聞いたこともないし、東京……?
「東京なんて聞いてないよ」
「……言わなかったから」
「言わなきゃわかんないし。なんで言わないの? 好きだって言ったって、言葉だけだったんじゃん? ……嘘つき」
涙が嘘のようにこぼれてきた。やっぱりヒロは何も言わなかった。まるでその代わりというように、岳が口を開いた。
「好きだからいいにくいこともあるんじゃないの? ヒロ、ずっとお前のこと好きだって長いこと悩んでたし」
「そんなの……」
「ずっと好きだったよ。手を無理やり繋ぐくらい」
「……」
ヒロがどれくらいわたしを好きでいてくれたのか、自分がどれくらいヒロが好きなのか初めてわかった気がした。ただのお手軽な幼なじみじゃなかったんだ……。
「みんなは知らないけど……オレはちゃんと七瀬のとこに帰ってくるから。約束」
「約束?」
「約束する。来年も、その先も、ずっと花火やろう」
「じゃあ、うちらも邪魔しない程度に参加するわ」
「お盆になれば帰省するしな。だから、あんまりイチャつくなよ」
みっちゃんと岳が明るくそう言った。
ヒロは斜め下を向いて少し黙っていたけれど、ポツリと呟いた。
「七瀬がオレのために泣いてくれると思わなかったから、うれしい」
「基本、女の子は泣かせちゃいけないんじゃない?」
「不器用なんだよ」
白くて丸い街灯だけが、わたしたちを照らしていた。花火の燃えかすを拾って歩く。
わたしたちは同じ川をずっと一緒に流れ続けていた。これからは、それぞれが選んで別々の流れに乗っていく。
わたしは変わらない川をずっと見つめていた。でも、これでいいんだ。どっちに流されたってわたしたちはわたしたちだから。
「行こうか」
今年の花火はもう終わり。ヒロが、みんなの前で堂々とわたしに手を差し出した。ふわり、と手を繋ぐ。
「強く握らなくても逃げたりしないで」
「……うん」
川風が頬を撫でる。先のことはわからない。
今はこの手の温もりを信じたい。
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