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 俺はもう、諦めていたのかも知れない。  告白当日。  電車内、打わ合せ通りの場所に座る実と甲斐を遠目に見た。  眠いのか実は船漕ぎ状態で、そのまま甲斐の肩にもたれかかった。  甲斐が実を呼び起こす。  悪びれない実。  別に甲斐に嫉妬しているワケじゃない。  実は俺にも時々、寄り掛かって居眠りをする。  俺以外の人間にもそれをする、俺の知らない実がいる。  数日後。  朝、市ヶ谷と駄弁りながら歩いていると、教室前に甲斐がいた。 「野木崎先輩、あの、この間の、なんですけど、柚流が実にバラしてしまって」  結局あの日、実は誰も選ばなかった。  実がなかなか答えないから、他のヤツが選ばれる前に『適当に答えても意味がない』と、俺がその場を解散させた。  甲斐が答えだと、柚流がバラした。  その甲斐の表情に、沈んだ気配はない。 「で、実はどう反応したんだ?」 「あの、ですね」 「想いが通じたんだね?」  隣で市ヶ谷が顔をほころばせる。 「良かったね」 「ありがとうございました」  笑い合う二人を見ていたら、無性に腹が立った。  これが結末だ、仕方ないと判っていても、甲斐を殴り飛ばしたいような衝動に駆られる。  俺は、必死に、耐えた。 「あいつは誰にでも愛嬌振りまくから、他の奴に勘違いされないように、言っとけよ」  手を振って、教室に入る。  再度感謝を述べる声を聞いたが、後ろは振り向かなかった。  無言で席に着く。  市ヶ谷も黙ってついてきて、席に鞄を置くと俺のところまでやってきた。 「さっきはどうもありがとう。僕、あれ以上何て甲斐君に言ったらいいかわからなくて。野木崎君が早めに切り上げてくれて良かった」 「はぁ?」  忘れていた。  市ヶ谷も実が好きだったんだ。  さっきの甲斐の台詞、こたえてんのか。  俺の気も、知らないで、なんて悠長な感謝述べてるんだ。  市ヶ谷の悠長はここで留まらなかった。 「でも、良かったね。告白上手くいって」 「お前なぁ、『良かったね』じゃねぇよ! 俺はお前に感謝される筋合いねぇんだぞ?!」  全てが上手くいったような、こんな終りは、許せない。 「俺はな、お前ら利用して自分が実に告られようとしてたんだ。賭けをしてたんだぞ?! そんな奴に礼なんか言ってんじゃねーよ!」 「賭け?」  そう、俺にとって、これは賭けだった。  遊びだった。  俺は市ヶ谷や甲斐のように、実を『恋愛の対象』としては見ていなかった。  誰でも良かった。  得ることができればラッキーで、実が一番得やすい位置にいた、それだけだった。  ……それだけだったろうか?  わからない。  違う、俺だって実が可愛くて仕方なかった。  途中まで。  いや、今だって、実が好きで、たまらない。  わからない。  苛立った俺に、市ヶ谷は言った。 「野木崎君も、だったんだ……。ごめんね、僕ばっかり、落ち込んじゃって」 「わかってねーだろお前」  俺の非道っぷりに怒れよお前。  他人の気持ちを利用した最悪な、信用できない奴として扱えよ!  実に選ばれずに相当落ち込んでいるのか、俺の悪事など何とも思っていない市ヶ谷。 「慰めてやりてーな」  言うと、暗いツラで市ヶ谷が俺を見る。 「え? 誰を?」 「失恋して落ち込むお前をだ」 「あ、ありがとう」  まだ、わかってない。  俺がどれだけ非道なのか、わかってもらわないと、気が済まない。 「帰り、俺の家寄ってけよ」  実にも、俺が非道だと知って欲しかった。  俺の本当を、知って欲しかった。 了
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