赤い服の彼

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明人はいつも赤いパーカーを着ていた。 みんなは怖い人だって言っていたけど、無口で無愛想な明人は勘違いされやすいだけで、本当は優しくて、素敵な人だ。 でも、それを知っているのは私だけでいい。明人のふとした瞬間の笑顔も、悩んでいる時に唇を触る癖も。 全部、私だけが知ってる。 明人の家も、昨日の晩御飯も、家族構成も、この間腕時計を見てたことも、それの値段が高くて諦めたことも、私だけ知っている。 明人に気づいて欲しいから、明人にも同じぐらい知って欲しいから、毎日明人に手紙を書いて郵便受けの中に入れる。 今日は、あの腕時計も入れてみたんだよ。 明人、いい加減私の気持ちに応えてくれないかなぁ。 私たちは両想いなのに。 今日だって、明人を見ていたらちょうど目が合った。まぁ、明人は恥ずかしがってすぐに目をそらしちゃったけど、でも、それが照れ隠しだって私はわかってるから安心して? 他の奴らと違って明人のこと、誤解なんてしないから。 …そっか、明人は照れ屋さんだった。 自分から返事に来るなんて、恥ずかしくてできないよね。 私としたことがこんな事を忘れてるなんて。 今から会いに行くからね。 明人がバイトに行く時間は、18時から。 家を出るのは15時45分。 扉を開いた明人が目を丸くした。 「明人、私、ずっと見てたんだよ?」 「っ…!」 「黙ってないで、返事してよ。もう待ちくたびれちゃったよ私、毎日明人にラブレター送ったのに、全然返してくれないんだもん」 「あれ…あんただったの?」 ずっと黙っていた明人がようやく口を開いた。 でも、その後に続いた言葉は私の求めていたものと違った。 「じゃあもう止めて。迷惑だから」 「えっ……」 何事もなかったかのように去っていく明人を呼び止めようにも、口が渇いて言葉が出てこなかった。 我に返った時にはもう、明人の後ろ姿も見えなくなっていた。 騙された。 信じていたのに。 裏切られた。 全てを捧げたのに。 弄ばれた。 私は本気だったのに。 好きであふれていた明人への感情がマイナスのものへと塗り替えられていく。 「許さない」 ハンカチで包んで置いて鞄に入れておいたナイフを握りしめて明人のバイト先に向かうことにした。 …………… どうやってここまで来たのかは覚えていない。 明人のバイト先の前に立って扉を開いた。 「あき…と?」 「いらっしゃ〜い♡」 その中に入ると少し低めの猫なで声でかんげいされる。 だが、問題はそこではない。 私は思わず持っていたナイフを落とした。 「やだっあんた、ここまで来たのぉ?」 そこには、いつもの赤いパーカーの代わりに、赤いドレスと、口元に真っ赤なルージュを塗った明人の姿だった。
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