第十部 二 踏み出す一歩

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 それに、この判断の速さ。  社長は三代目だ。祖父の代で事業を立ち上げ、息子である父親が継ぎ、そして社長が受け継いだ。  それでも、元より用意されていた社長の椅子に甘んじることなく、幅広く勉強し、事業を改善・発展させてきた姿勢を、私は尊敬していた。  何より、各所から提示された情報を受けて、最良の道を決める判断の速さと的確さは、側で見ていて感動するほどで、経営者として心から尊敬し、憧れてきた。  だからこそ、社長のために尽くして来られたのだ。  でも、それとこれとは話が別だ。  私の全てを込めた願いに対し、悩むことも熟慮することもなく、ものの数分で却下の結論を出してしまった。  しかもその理由は、結局自分の都合によるもので、私の意志や人生は考慮に入っていない。  ……わかっている。  所詮他人だ。  人間なんてそんなものだ。  恋人でも、親兄弟でもそうなのだ。  ましてや、会社の上司なんて。 「そうですか……、わかりました。提案のほうは、ぜひよろしくお願いします。あの、できれば出所がわからないように」 「あ、そう? じゃあ匿名で。それじゃ、引き続きよろしくね」 「……失礼いたします」  私は社長室を出て、すぐに社用スマホを取り出した。 「あ、部長、片瀬です。すみませんお待たせしました~。これから入れます? はい、お待ちしています」  そしてもう一度社長室をノックして、 「社長、澤口部長がお話があるそうで、これからいらっしゃるそうです」 「あ、そう、どうぞ」 「はい、お願いいたします」  いつもどおりの明るい声と笑顔が自然に出る自分に、嫌気がさした。  でも、これが私の仕事だ。  
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