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仕事を終えて、泊さんと一緒に会社を後にした。
二人で駅まで歩きながら、立ち並ぶビル群を見上げ、ひとつ大きく呼吸した。
夜の色に変わろうとしている建物の表面には、四角い灯りが整然と並んでいる。ブラインドが開いた四角の中には、書類棚や人影が見えている。たくさんの人が、この四角の中で各々の思いを抱えながら忙しく働いている。
「暖かくなったなぁ」
「ですね。もうすぐコートも要らなくなりそう」
「片瀬ちゃんお花見するの?」
「まぁ……、宴会はしないですけど、見るには見ますよ。隅田川沿いを歩いたり、上野公園とか……」
「ああー、そっか隅田川ね! やっぱり綺麗なの?」
「来たことないんですか? 都民なのに」
「俺は西側だから」
「まぁ、桜はどこでも見られますしねぇ。でも墨田区側の堤防沿いはずーっと桜が並んでるので、晴れた日に歩きながら見ると気持ちいいですよ。私は宴会派じゃなくて桜を凝視する派なので、ああいうところだと一人でも浮かなくて好きです」
「凝視って」
そうこう話してるうちに、駅の入口についた。
「それじゃ、おつかれさまでした」
階段を下りる前に、泊さんを見送ろうと足を止めてお辞儀をすると、泊さんも立ち止まった。
「あ、片瀬ちゃん……」
「はい」
「あまり落ち込まないでね。俺は、片瀬ちゃんが留まってくれて、嬉しいから」
それを聞いて、切なさに胸が痛んだ。
「大丈夫です。ありがとうございます」
精いっぱいの微笑みを見せる。
でも私の心は、もう決まっている。
これは私にとって賭けだった。そして良くも悪くも、結果はもう出たのだ。
ここに来るまで、長い時間を費やしてしまった。
これまでの人生を踏まえて、これからの人生をどう生きるか。
いよいよ私にとっての最善へ、一歩を踏み出す――。
〈続く〉
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