第六部 三 不都合

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 秘書の仕事は好きだ。私の特性を活かせる分野でもあると思う。でも、できるならそれを、私は外向けに活かしたかった。  泊さんは、私が本社に来る時に人事部にいて、私が試験で提出した、現状の問題点と改善策をふんだんに盛り込んだレポートを読んだ。現場視点、顧客目線でまとめた内容が、泊さんにはすごく響いたらしく、「この子は開発か戦略!」と思ったそうだ。が、当時はまだ、今よりも女性軽視の空気が色濃く、男性社員が優先的にそちらに回され、私はとりあえず総務に、となったらしい。  そのうち社長の目に留まり、私は秘書になった。顔が社長の好みだったからという理由で。  泊さんからそのことを聞いた時、私は何のために本社に来たんだろう、とさすがに落ち込んだ。秘書に外見的なものが求められる風潮はあると思うし、私なんかがお眼鏡に(かな)ったならそれは素直に嬉しいことだ。でも、それはつまり、あなたの一番評価できる点は外見ですと言われたも同然で、現場時代からそれなりに誇りと情熱を持って仕事してきた私としては、結局仕事ぶりなんて見てもらえないんだな、と、失望した瞬間でもあった。  とはいえ、今となってはこれで良かったのだと思う。本社に来た正樹は数年で商品開発部の課長になり、上司からも部下からも信頼が厚く、本社に必要な人材になっている。実華ちゃんとは年数を重ねるごとに友人関係が深まり、余計な心配をかけたくない人になった。そして亮弥くんは恋人になり、私の挙動一つで苦しませてしまいかねない存在になった。  私が迂闊に部署を変わって、正樹と接する機会が多くなってしまっては困るのだ。  泊さんが私の異動について社長に切り出すたび却下され続けて、残念な思いもたくさんした。けれど、今はもう諦めがついている。  少なくとも、この会社で働く以上は、私は秘書なのだと。
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