第六部 三 不都合

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「ごめんなぁ、片瀬ちゃん……、俺がもっとちゃんと言えれば……。ごめんなぁ……」  私は息をついた。  酔いのせいでほとんど頭を垂れてしまっている泊さんの言葉は、私に伝えるというよりは、一人で懺悔でもするような呟きに変わっていた。 「そんなこと、私もう全然気にしてないんですよ泊さん」  私はそっと泊さんの肩をさすった。 「きっと、社長から見て、他部署で活躍して欲しいって思えるほどの実力が私にはないんだと思います。泊さんが認めてくれてるだけでも、私は恵まれているんですよ。それに私、秘書の仕事は好きなんです。だからもう、謝らないでください」  泊さんは消え入りそうな声でかろうじて、うん、と答える。 「女将さん、お水もらえます?」 「はいはい。タクシー呼びましょうか?」 「すみません、お願いします」  泊さんにお水を飲ませて、会計を済ませると、私は泊さんをタクシーに乗せて見送った。  片瀬ちゃん、明日請求して、と、支払いのことを気にしていたけど、きっと明日には忘れているだろう。忘れてくれていい。たまには払わせてもらわないと困る。  どうすれば泊さんを自責の念から解放してあげられるのか、もう何年も、私は答えを出せないでいる。  正樹との関係を打ち明けてしまえばいい? 経営戦略とか、比較的接触が少なそうな部署に移してもらえばいい? それとも、秘書という仕事に私自身がもっと満足して、天職だと思えるようになればいい?  毎日顔を合わせるパートナーの心さえ晴らしてあげられないほど、私は無力なのだ。  
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