第六部 三 不都合

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第六部 三 不都合

 お正月休みが明けて最初の週に、実華ちゃんから社内メールで突然のお呼び出しがあった。 “優子さん、今日早く帰れますよね? 私も早く出るんで、ちょっとお茶しましょう!”  と、有無を言わさない一方的なメール。それというのも、今夜は社長と営業部長が取引先と会食をする予定が入っているから、実華ちゃんには私の都合も把握できているのだ。  社長達が出発するのが夕方五時半。となると、六時には切り上げられる。 “りょーかいです。終わったら連絡します”  私は返信をクリックして、続けて次の業務メールへと進んだ。 「片瀬ちゃん、片瀬ちゃん」  隣のデスクから、(とまり)さんが声をかけてきた。  泊さんは秘書室長で、社長付きのパートナーでもある男性秘書だ。年齢はたぶん、五三か四か、そのくらい。 「今日の夜、俺行かなくていいことになったから、新年会やろうよ」 「あー……すみません、タッチの差で先約が入っちゃいました」 「え~っ! 断れないの?」 「もうOKしちゃった後なので。ていうか泊さんとは別にいつでも行けるじゃないですか」 「新年会は今しかできないじゃ~ん!」  最近の五十代はフランクだ。と思う。私の周りだけか知らないけど、部長然とした気難しい人よりも、友達みたいな話し方の人が多い。  泊さんは秘書室長とは思えないほど落ち着きがなく、調子が良く、ちょっとめんどくさい。でもまあ、九年近く一緒に仕事してきて、お互い気心の知れた仲だ。 「それじゃ、後で合流するのはどうですか? 先約はお茶だけだから早く終わると思うし。あの子達と先に始めててくださいよ」  あの子達、とは、他の秘書のことだ。 「でもあいつらは俺らより遅くなるだろうしなぁ……、あ、じゃあ営業の三宅っち誘ってカラオケでも行っとくか!」 「いきなりカラオケ」 「片瀬ちゃんと皆が来てから飲みに行けばいいじゃん。何時くらいに来れる?」 「まあ……そうですね。早ければ七時過ぎか……遅くとも八時までには」 「オッケー! じゃあ皆に連絡しとく!」  そう言うと、泊さんは早速席を立って、副社長と専務、常務、他役員の秘書を務める六人のデスクがある隣の部屋へと足取りも軽く去って行った。このフットワークの軽さはわりと尊敬している。
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