978人が本棚に入れています
本棚に追加
/139ページ
第六部 四 優子の部屋
吾妻橋のマンションのエントランスで優子さんの部屋番号を押して呼び出す。応答があるまでの約五秒を、俺は毎回少し緊張しながら待つ。そしてスピーカーからいつもの声がノイズ混じりに聞こえてくると、途端に顔がにやけてしまうのだ。その顔はカメラを通して優子さんに見られているだろう。
「いらっしゃい、どうぞ」
「こんにちは」
部屋に入って扉を閉めて、靴を脱ぐより先に、まず優子さんを抱きしめる。もうこれは恒例の儀式になっている。
「会いたかった……」
「あはは。よしよし」
優子さんは俺を抱きしめ返しながら、ポンポンと背中を優しくたたいてなだめる。
「今回はいつもより空かなかったのに」
そう、本来なら来週末が会うタイミングだけど、成人の日で三連休だったので、繰り上げで会えることになったのだ。
「でも前回はお正月で早めだったし……、それ以前に俺は三日会えないと淋しいから」
「ほんと? 平日は忙しくて忘れてるでしょ」
「忘れてない!」
「はいはい」
優子さんがくすくすと笑った振動が胸に伝わった。
「外寒かった?」
「寒かった」
「コート冷たくなってるもんね」
「あ、冷たい? 寒さの共有」
俺は更にギュッと腕に力を入れた。
「あはは」
「橋の上やばくない? 風冷たいし」
「今日みたいな風の強い日は特にね」
「優子さんあれ毎日渡ってるんでしょ? 過酷そう」
「うん、橋の向こうに移住したいとは常々思ってる」
移る時は一緒に住みたいな、と俺は思った。
「上がって。コーヒー淹れるから」
「はい」
たっぷり充電された体を離し、用意されたスリッパに履き替えて部屋の中へ進む。コートを脱いでコートハンガーに掛けると、俺は定位置の椅子に座った。
最初のコメントを投稿しよう!