ロクサーヌ (その3)

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ロクサーヌ (その3)

 私ロクサーヌには親がいない。正確には親に捨てられた。いや、もっと正確には親に売られた。奴隷売買契約書というやつだ。親はサマルカンドで比較的裕福な商人だった。シルクを取引して、中国やローマにも行ったことがある。私も子供のころにはローマのコンスタンチノープルにも行った。とてもきれいな街で、見たことのない絵や宝石や彫刻、それに教会も素敵だった。何といっても食べ物がおいしかった。甘いジェラートに果物。あの頃は幸せだった。けれど、12歳のころに突然、父は商売をやめてしまった。その頃アラビア人たちの兵士がやってきて街は火で焼かれ市民はみな殺された。私の友達のジュナも目の前で殺された。ショックだった。頭を割られ血が噴き出し、ジュナのお姉さんが駆け寄って泣き叫びながら包帯を巻いていた。その時私は何才だったのか?多分9歳くらいだ。それ以後私に友達はいない。父は暫くイスラム教徒に従いながら商売を続けようとしていたようだが、結局うまくいかなかった。 私は奴隷として中国から来た商人に売られた。そして今は、このサマルカンドを出ていこうとしている。私の中国名は康碌山だ。女の子なのに、男の名前になった。そうしなければ危ないからだ。男としてキャラバン隊の手伝いをしている。今はラクダのポーが唯一の友達だ。こうやって夜の間はポーに寄りかかって月を見ている。静かな夜、昔を思い出すこともあるが、頭の中でもう一人の私がうるさくせかす。ここにいると、殺されてしまう、東へ中国へ逃げなければならないとせかすのだ。何もない砂漠をみていると、心が落ち着く。ここにうずくまって、そうして一生じっとしていたい、そんな気持ちになるのだ。
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