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13 夫婦
颯介と早苗がまた少し関係を深めはじめた冬、母の慶子が倒れた。心労によるストレス性のものだった。個室で眠っている母を颯介と直樹は見守った。バタバタと走る音が聞こえてくる。勢いよく父の輝彦が飛び込んできた。
「おい。慶子は!」
「命に別状はないよ」
直樹が静かに言う。
「そうか」
初めて見る輝彦の慌てぶりだ。恐る恐る慶子の顔を覗き込み静かに眠っている様子を見て安心したようだ。そんな父の様子は逆に颯介と直樹の反感を買う。
「なに心配してんだよ」
食って掛かった颯介に、直樹はたしなめる。
「母さん、寝てるんだから静かにしろよ」
輝彦は虚ろな目をしている。颯介は小声で、「親父、ちょっと」 と、廊下へ出るように促した。輝彦は静かに従って一緒に外に出た。
直樹はそのまま病室に残って少し空いたドアから二人のやり取りを聞いていた。
「そんなに心配ならなんでいつも女のとこ行ってんだよ」
「女なんていない」
「嘘つけよ」
「俺は母さん一筋だからな。嘘は言わん」
「なに言ってんだ。意味わかんねえよ」
少しの沈黙の後、輝彦は重い口を開いた。
「母さんにはな。ずっと好きな人がいたんだ。俺と結婚する前に死んじまったけどな」
「……」
「いつも母さんはどっか遠くを見てた。たぶん今でもそいつのこと想ってるんじゃないかな。そいつが死んでなきゃ俺とは結婚してないだろ」
「なんだよそれ。ほかに好きな男がいたら死んでても結婚なんかしないだろ?」
「わからん……。俺は付け込んでしまったんだ。好きな男をなくして弱ってる時にな」
直樹が複雑な思いで慶子を見つめると閉じた目から涙が一筋こぼれてきた。 慶子は目を閉じたまま、「お父さんを呼んで。颯介も」 と、直樹に頼んだ。
直樹は立ち上がって二人に声を掛ける。
「母さんが目を覚ました。二人を呼んでる」
慶子は身体を起こそうとした。
「おい。寝てろ」
輝彦がそうっと慶子の身体をベッドに寝かせた。
「今までごめんなさい」
慶子が静かに囁くように輝彦に告げる。一つ小さくため息をつき話し始めた。
「亡くなった崇さんは親が決めた許婚で私たちは兄妹のようだったの。崇さんには好きな人がいてね。その人と一緒になるつもりだったのに事故で亡くなってしまったの。――その時にはもうお父さんと出会っていて、私もお父さんが好きだった。だけど崇さんが好きな人と結ばれないまま死んでしまったのに自分だけ幸せになることがどうしても罪悪感を感じてしまってね」
一呼吸おいて慶子は先を続ける。
「ごめんね。あなたに辛い思いをさせていたのに、何もできなくて」
慶子は静かに涙を流す。
「すまなかった」
輝彦はそっと慶子の手を握った。直樹は静かに立ち上がって病室を出た。それを見て颯介も一緒について行く。直樹が廊下でため息をつく。
「なんなんだろな……」
「うーん。俺たちにも影響大なんだからもっと早いうちに解決しておけよな」
さすがの颯介もあきれ顔だ。
両親の関係を見て育った颯介は心に傷を負っていた。恋愛のハンターのようではあるが、形を成すことに臆病で傷つかない前に終わらせる癖がついていた。直樹は心に蓋をしているようだった。何事にも感じない。だから能動的に欲することがなく、優しいかと思われる態度は実は無関心だった。
「まあ兄さんは取り返しつくんじゃない。結婚したいんだろ?」
颯介は直樹の勘の鋭さに息をのむ。
「お前……。サトリかよ」
直樹は鼻で笑う。
「わかりやすいんだよ。いいじゃん。愛のある結婚してくれよ」
(お前だって)という言葉を颯介は飲み込んだ。、
「そうだな。なんかトラウマって程じゃないけどなんかすっきりしたような気がするな」
カタルシスは一瞬で行われるのかもしれない。直樹の表情も少し和らいでいた。
「帰ろうぜ」
「ん」
二人は両親を放って帰った。
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