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2 絵理奈と葵
「やれやれ。絵里奈のやつ。連絡しとけよな」
「おじちゃん。ごめんね」
「ああ。いいよいいよ。ごめんな。葵のせいじゃないよ。ママのせいでもないからね」
小さいのに気を遣う葵に、颯介は申し訳ない気持ちになって謝った。
「しかしさっきの先生、怖いねぇ」
思わず感想を言ってしまった。
「早苗先生?怖くないよ。園の中で一番優しいよー。葵の担任」
「へー。そうなのか」
颯介はさっきの保育士・早苗を思い返してみる。(あんな怖そうな女初めて見たな)
しかし少し時間がたつといつもの癖で早苗のスタイルを分析していた。(身長百七十センチ、体重六十キロ、上から八十八、六十五、九十くらいだな。いい身体してんな)
ニヤニヤしているといつの間にか絵里奈の家に着いており、絵里奈自身も仕事から帰ってきたところだった。
「ママー」
「葵ー。おかえり」
葵が抱きついて絵里奈の長いウエーブのっかかった茶色い髪を撫でた。
「あ、お、おかえり」
「颯ちゃん、ありがと。ほんと助かった。あがってお茶でも飲んでよ」
「んー。そうだなまだ早いからそうするか」
時間はまだ五時半だ。気兼ねない絵里奈の実家は自分の実家とあまり変わらない。颯介と絵里奈のそれぞれの両親はてっきり二人が結婚するものだと思っていたが、絵里奈は他の男と結婚し、そして今シングルマザーだ。
颯介はふらふらと遊び歩いている。さすがにもうこの二人が結婚することはなさそうだと周囲も認識したようだった。ただ、遊び歩く颯介でも絵里奈に対しては誠実な友人であることを絵里奈の両親は快く思っているので家族ぐるみの付き合いではある。
「お邪魔しまーす」
「あら。颯ちゃん。いらっしゃい。今日はありがとねー」
絵里奈の母・聡子が顔を見せた。
「こんちは。大したことないですよ」
颯介は愛想よく笑いかけて柔らかいソファーに深々と座った。絵里奈がお茶をもってきた。
「どうぞ。さっきはごめんね。園に電話してたんだけど伝わってなかったみたいでね」
「サンキュ。いいよいいよ。あのさ。早苗先生ってさどんな先生?」
絵里奈がじろっときついアイラインを引いた目で颯介を見る。
「颯ちゃん? また悪い癖が出てんじゃ……。あの先生は絶対無理だしダメだよ。すっごいいい先生だし真面目だし……」
くどくど言い出す絵里奈を制するように、「いや。そんなんじゃないって。あんまり怖かったもんでさあ」 颯介は笑いながら言った。
「ふーん……」
颯介は疑わしく見る絵里奈をしり目にお茶を啜った。聡子がやってきて、「颯ちゃん、ご飯食べて帰る?」 と声を掛けてきた。
「あ、いや。今日はこの辺で帰ります。直樹も帰ってきてるし」
「あら、そうなの。直君は新しい仕事どう?」
「そっすねえ。なんか合ってるみたいでイキイキしてますよ」
「よかったわねえ」
眉尻を下げて聡子は安心そうに言った。絵里奈も「直君、前の仕事の時、殺伐としてたもんね。なんか」 思い出しながら言った。
「うん。ネットゲームにハマり始めたときは心配したよ。あいつの性格じゃ常に愛想ふりまいたりするの辛かったんだろうな。でも今の仕事は収入少なすぎて彼女に振られちまったよ」
「あらー。まあ、それならそれまでの相手ってことでしょ」
「そうだな。女なんかいなくて平気みたいだしな」
「颯ちゃんと全く似てないわよね」
絵里奈はおかしそうに言う。
「あいつが変わってるだろ。草食ってやつか。神父さんみてえ」
「直君みたいな男の子のほうがイマドキだと思うけどね」
「そうかねえ。ま。じゃ帰るよ。あ、明日もお迎え行ってやろうか」
絵里奈が再び鋭い目を向ける。
「早苗先生はだめだからね」
「わかったよ」
「あー。でも明日お願いしちゃおうかな。仕事のキリが悪くてさあ」
「いいよいいよ。明日また五時でいいか?」
「うん。お願い」
「じゃあな。葵もまたな」
「おじちゃん、またねー」
「颯ちゃん、ありがとねー」
絵里奈宅を後にして自宅に向かった。
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