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3 大友家
家の前にはシルバーのフォレスターが停まっていた。(直樹、帰ってるか)
「ただいま」
「おかえりー」
母の慶子が答えた。台所に入ると慶子が鯵を三枚におろしていた。
「鯵、ありがとね。颯介でしょ? フライにするわね」
「うん。おろしておいてやろうかと思ったんだけど、ちょっと絵里奈に頼まれて葵をお迎えにいってたんだ」
「あら。そうなの。いいわよ。絵里奈ちゃんもいろいろ大変だから協力してあげないとね」
「まあ実家だからたいしてやることないけどね。時間の融通きくから葵をたまに迎えに行ってやることにした」
「うんうん。そうしてあげなさい」
気が付くとテーブルに直樹も座っていた。
「あ、お帰り」
「ただいま」
「なんか飲む?」
「いや。いいよ。今日親父は?」
「なんか寄合だってさ」
関心なく言う直樹を見て(また女か)と颯介は察し、揚げ物に集中している慶子を気遣ってそれ以上は何も言わなかった。
父親の輝彦は手広く商売をやっていた。一昔前は景気も良かったが今ではずいぶんと右肩下がりになっている。それでも羽振りは良く、遊び好きなたちなので出歩くことが多かった。母の慶子は文句ひとつ言わず黙って耐えている。
父親への嫌悪感があるものの、颯介は父親に似て女好きだった。顔も輝彦に似て甘く優しそうな所謂イケメンで、しかも社交的な性格なので非常にモテた。似てしまっているものはしょうがないと受け入れていたが母親への愛情から、もしも自分が結婚したら輝彦のように妻を泣かせまいと心に誓っていた。
ただ今までの自分を振り返ってみても結婚したら落ち着くことは無理だと感じていた。そういう思いがあるためかどうかわからないが、いろんな女と付き合ってみたが結婚したいと思ったことは一度もなかった。
直樹をちらっと見てみる。(こいつは母さんに似てるよな)
直樹は慶子に似て静かだ。何を考えているかわかりにくいし独りでも平気な様子だ。今、颯介には付き合っている女はいなかった。だからこそ絵里奈の世話ができるのだが。ふと早苗のことを思い出した。
(保育士にはちょっともったいないよなあ)直樹がいきなり言葉を発した。
「また女?」
「え。なんだよ。いきなり」
「いや。にやついてるからさ」
「お前こそどうなんだよ」
「全然。めんどくさいしもういいよ」
「ほんと草食だよな」
慶子は二人のやり取りを聞きながらため息交じりに鯵のフライを差し出した。
「はい。どうぞ」
「いただきます」
二人の兄弟は元気よく食事を始めた。(元気が一番か)慶子は二人の食べる様子を見ながら自分も食卓に着いた。
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