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4 早苗先生
颯介は少し早目に保育園に向かった。到着すると園庭で早苗が子供たちと輪になって歌いながら回っていた。早苗はとても優しい顔で楽しそうに歌っている。子供たちもみんな早苗を大好きだと言わんばかりに見入って歌っている。(子供が本当に好きなんだな)颯介は感心してみていた。(絵里奈が怒るわけだ)早苗は子供にもその母親にも信頼が厚く好かれているのだろう。そろそろ五時だ。颯介は保育園に入った。
「こんにちは。中野葵を迎えに来ました」
他にも保育士が何人かいたのだが、颯介は早苗に声を掛けた。
「あ。こんにちは。昨日は失礼いたしました。もう出てくると思いますので」
「いえ。子供の安全を考えたら当然ですよね。僕も軽率でした」
颯介はできるだけ丁寧に挨拶をして好印象を得ようとした。
「あ、お父さん。葵ちゃん、きましたよ」
「え。あ」
颯介は自分の思惑が思いきり外れそうな雰囲気に焦った。しかし昨日の怖い早苗から優しげな慈愛に満ちた表情を目の前にすると何も言えなくなってしまった。
「おじちゃん」
葵が駆け寄ってくる。
「楽しかったか?」
颯介は早苗に頭を下げ、
「ありがとうございました」
とあいさつした。早苗も、
「さようなら。またね。葵ちゃん」
と優しく応えた。
「先生。さよならー」
二人でおとなしく帰宅した。
聡子に葵を引き渡して颯介は立ち去ろうとした。ちょうどそこへ絵里奈が帰宅した。
「おかえり。葵は家ん中だよ。」
「ただいま。ありがと。寄らない?」
「今日はいいや」
「どうかした?」
なんだか元気のない颯介に絵里奈は心配して尋ねた。
「いやー。なんか早苗先生にお父さんなんて言われちまってさあ」
ぶっと吹き出して絵里奈は言った。
「やだ。本気で狙ってたの?よしなって」
「人聞きの悪いこと言うなよ。あんな真面目な人に手を出すわけないだろ」
「どうだか。まあ、さすがの颯ちゃんでも早苗先生は無理だろね。保育一筋って感じだし。そうそうどうも私達と同い年らしいけど浮いた噂一つないってさ」
「そうなのか。固そうだもんなあ……」
「今日もありがと。しばらくは平気だから」
「ああ。うん。今、俺暇してるからなんかあったら言えよ」
「うん。いつもありがとね。じゃまた」
「またな」
絵里奈は颯介の飄々とした後姿を見送って家に入った。(ほんと。悪い癖でなきゃいいけど……)
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