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5 自己紹介
颯介は少し公園に立ち寄ってベンチに座った。(久しぶりのいい女だけどな。ちょっと年も年だし手は出しづらいなあ)
黄昏ているところへ声を掛けられた。
「あら。葵ちゃんの……」
早苗だった。
「あ、さ、早苗先生。さっきはどうも」
「こんなところでどうかされました?」
少し心配げな顔で優しく聞いてくる早苗に、思惑を覗かれるような気恥ずかしさがあり颯介はしどろもどろに答えた。
「なんだか。すこし目まいがして」
変な嘘をついた。
「え。そうなんですか?」
早苗は慣れた手つきで颯介の額に手を当て、目を覗き込んだ。
「あ、あの。もうおさまりましたから」
「そうですか。よかったです」
顔を近づけたままだったことにハッと気づいて早苗は後ろへ下がった。颯介は今の瞬間に早苗をチェックしていた。早苗は香料らしい香料は何一つ使っていないようだ。きっと身の回りがすべて無香料なのだろう。
颯介は今の鮮魚を扱う仕事に着いてから一切の香料を避けている。生ものを扱ううえで邪魔だからだ。昔は仕事が休みの日や女に会う時に香水をつけたりしていたが段々と「匂い」が億劫になり着けなくなった。(匂いのない女っていいよなあ。肌も綺麗そうだし)
「ありがとうございます。あ、そうだ。僕は葵の父ではありません。絵里奈さんとは古くからの友人でお迎えを頼まれただけなんです。魚市場で働いているので時間に融通が利くものですから」
聞かれてもいないのに、いい機会だと颯介は誤解を避けるために一気に話した。
「あら。そうでしたか。てっきり……。すみません」
「いえ。いいんです」
(いけたか?)颯介はできるだけ穏やかに笑顔で答えた。
「あらいつの間にか暗くなってしまって。それでは失礼します」
「あ、あのお近くですか?送りますけど」
「いえ、まだそんなに暗くないですので大丈夫です。お気遣いありがとうございました」
早苗はバタバタと帰って行った。(ちょっと余分だったか?)
とりあえず誤解が解けたようなので颯介は満足して帰宅した。
早苗はアパートに帰って食事の支度をしながら、颯介のことを思い返していた。
(葵ちゃんの新しいお父さんじゃなかったんだな。優しそうな人で良かったと思ったけど)
颯介は短髪で麻のシャツとジーンズでこざっぱりした雰囲気だった。八の字眉毛で優しそうな眼をしていた。父兄以外の男と話したことがあまりに久しぶりだったので思い出してから早苗は緊張した。
思わず触ってしまったことも思い出し赤面する。頭を振ってさっきしたはずの味見をした。
颯介は帰宅して部屋に戻った。しばらくベッドに座って考えているとドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ。」
直樹だった。
「飯だよ。」
「ん。すぐ行く。」
一言いうと直樹はすぐに去って行った。(淡白な奴だなあ)颯介がそう思っていると同時に直樹も(まーた女か)と思っているところだった。
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