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8 子供
早苗は出勤して今日の予定が書いてあるホワイトボードをざっと眺めた。(午前中にプールか。午後はよくお昼寝しそうだなあ)
少しすると子供たちが賑やかにやってきた。保育園では0歳から六歳までの子供たちが百名ほどいる。
早苗は葵のいる五歳児のクラス担任だった。玄関で子供たちを迎えているとおさげの葵が絵里奈とやってきた。
「おはようございます。よろしくお願いします」
絵里奈は挨拶をして手早く荷物を葵に渡し、さっと立ち去った。
「ママ、いってらっしゃい。先生、おはようございます」
葵はしっかりした挨拶をした。
「はい。おはようございます」
早苗は昨日の颯介の相談を気にしていて葵をじっと見た。
「葵ちゃん、最近なにか変ったことある?」
少し葵は考えるそぶりを見せる。しかし澄んだ丸い目で早苗を見つめて返した。
「んー。ないよ」
「そう。じゃお教室入っててね」
「はーい」
葵は上履きに履き替えて元気よく教室へ向かって行った。(うーん。様子は変わらないんだけどなあ)表面的には変わらないが、子供の内面はどうなっているのかわからない。もし少しでもサインが出ていれば見逃すことはできない。保育士になって早苗は十年になるがまだまだ難しく思うことが多々あった。
早苗は小学生のころに父親を亡くしていて母親が女手一人で早苗と妹を育て上げた。母親は看護師で経済的にはそこまで困窮しなかったが、妹と二人で寂しく過ごすことも多かった。
中学生の時にはもう進路を保育士と決めていた。保育に欠けるということを身をもって知っていたからだ。保育士になってからも勉強することが多く毎日が慌ただしく過ぎ去って行った。体力も使うので最初はへとへとでなんとか食べて寝る生活だった。
三年前まで母と妹と三人暮らしだったが、妹が結婚し出産したことをきっかけに独り暮らしを始める。母は妹夫婦と暮らし孫の面倒を見ながらのんびりしているようだ。(子供か……)
早苗は自分のことよりも、妹を優先してきた長女らしい性格のせいで恋人一人いなかった。一人でいることが寂しいと思ったことはなかったのだが、保育士として、子育て経験がない自分に足りないものを感じて焦ることがあった。いくら勉強しても経験に勝るものがないのかもしれないと思い、落ち込むことも多かったのだ。
それでも勉強熱心で誠実な態度は子供たちのみならずその母親たち、他の保育士たちにも信頼と評価を得ていた。
仕事ばかりの早苗を心配して同僚の保育士が合コンに誘ってくれたことがあった。一度、参加してみたが男慣れしていない早苗は、頑なな態度を崩せず連絡先さえ交換できなかった。
また行こうと誘われたが、早苗はどうもお互いを物色する感じが苦手で断った。ふと颯介のことを思い出した。
(二人きりで男の人と話したの何時振りかな……)
あんなに話しやすそうな男は珍しかった。(図書館か)
なんとなく会える期待をしてしまっている自分に気が付いて、恥ずかしくなり頭を振った。
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