恋の魔力はいと強し

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恋の魔力はいと強し

 ここは、北海道の片隅にある潮風香る港町である港市。市内に五つある私立学校のうちの一つ、私立牛海(うしうみ)中学高等学園。  夏の風が廊下を走り、窓にはめられたステンドグラスに木漏れ日が反射して色鮮やかに(きら)めく。 「室町(むろまち)! 室町……(じゅん)!」 「は、はいっ!」 「何をぼさっとしているんだ! 早く教科書を開け!」 「す、すみません!」 「よーし。放課後、私の手伝いに窓拭きだ!」 「え、先生、部活が……」 「吹奏楽部の顧問には、しっかりと伝えておくから安心しなさい」  安心出来ません、という言葉を飲み込んだ女子生徒の名は室町純。中等部一年生。  同じ頃、高等部では教科担当から溜め息を吐かれる者がいた。 「はあ。おいおい」 「先生、どうしましたか?」 「なあ、染井(そめい)。これじゃあ俺の仕事が無くなるだろう」 「いやあ、好きな教科はとことんのめり込むもんで」 「これは二学期の範囲だ! 勘弁してくれよ……」 「ええ。でも自習だからいいかなって」 「ええい! こんな屁理屈男子はバスケ部に戻って来い!」 「意味が繋がっていませんよ、職権乱用」  クラス中が優しい笑いに溢れた。その中心にいた男子生徒の名は染井粋(すい)。高等部二年生。  正午を告げる鐘が、校内に鳴り響いた。  恋を知らない女子、恋に気付かない男子。二人は今日も、それぞれの日常をいつも通りに生きている。
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