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私は、少し頭を下げて、
当たり前のようにティッシュを受け取った。
その人も少し頭を下げて、自席へ戻るべく向きを変えた。
「あの」
私が呼び止めると、
「はい」
と、低くて柔らかな声でその人は答えた。
「初対面の方に大変失礼なのですが・・」
「はい」
「お車、運転なさいますか?」
その人の顔をちゃんと見たのは、
この店に通い始めてから、その時が初めてだった。
「・・車は運転しとるが・・」
「あの・・。藍のワンピースを買いたいので、
連れて行っていただけませんか?喪服から、着替えたくて」
「・・それなら、タクシーで行ったほうが良うないですか?
女性が、よう知らん人と車に乗るのは、あんまり・・」
いきなりの発言に、その人は不信感丸出しで答えた。
その人の言うことはもっともだったので、わたしは頷いた。
「そうですよね。すみませんでした。
よくここでお見かけするので、
勝手に知り合いの気分になっていたのかもしれません。失礼しました」
「・・はい」
そう言って、その人は自分の席へと戻った。
私は、恥ずかしくなって、ごくごく珈琲を飲み、
高菜チャーハンを一気に食べた。
そして、また外の雨を、今度は意識的に眺めた。
その人と、目が合わないように。
「あの・・。こっちに、座ってもええですか?
もし、ご迷惑でなければ、です。」
見ると、さっきの人が、手に珈琲を既に持った状態で、
心細そうに立っていた。
心細かったのは、こっちなのに。と、思うと、少しだけ笑えた。
「あ、いえ・・どうぞ。さきほどは、不躾なお願いしまして、失礼しました」
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