午前3時の初恋

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午前3時の初恋

 立花 美咲(たちばな みさき)は、ヘアピンで前髪を留めた。小さなガーベラの飾りが右ななめ前を向くように、指で調節する。  時刻は午前3時。 「はあ…」  彼女はため息をつき、鏡の前から離れる。タバコを買い置きしておかなかった過去の自分と、こんな時間に眠気を完全に失ってしまった今の自分に軽く失望しながら、玄関へ向かった。  ドアを開け、マンションの廊下に出る。振り返ってドアにカギをかけようとした時、左の視野に何かが映り込んだ。  顔を向けると、そこには子どもがいる。 「!? …あ」  美咲はぎょっとしたが、驚きはすぐに消えた。子どもの顔に、見覚えがあったのだ。  彼女はしゃがんで目線の高さを合わせる。小声で話しかけた。 「どうしたの? そんなとこで」 「おかあさんが、いない」  隣に住む子ども…井手 誠(いで まこと)は、ドアを背にして真っ直ぐ前を向いたまま、震える声で返してきた。  これを聞いた美咲は、事情を察して苦笑する。  誠の母親とは、何度かすれちがったことがあった。いつも派手な化粧と服装で自身を飾り立て、酒のにおいを漂わせていた。  父親らしき男性を見たことはないので、井手家はおそらく母子家庭なのだろう。母親がどういった仕事で誠を養っているのか、美咲には容易に想像することができた。  午前3時という時間にまだ帰ってきていないのも、その職業であれば理解できる。ただ、子どもをこの時間までひとりきりにさせていることについては、まったく理解できなかった。 「ふむ…」  美咲は苦笑を消すと、自分の用事を意識の外へ放り投げる。  できるだけ優しい声を、誠にかけてやった。 「お母さん、まだ帰ってきてないのはわかったけど…そしたら中で待っとこ?」 「ううん」  誠は首を横に振る。  ドアから離れると体の正面を右へ、つまり美咲に背を向けた。 「おかあさん、きっとまいご」 「えっ?」 「だからぼくが、さがしにいかなくちゃ」 「……」  美咲は、誠が向いた方へ目をやる。  そこには真っ直ぐ伸びるマンションの廊下があった。照明は頼りなく、薄暗い。  その後で再び誠を見た。彼のひざは小刻みに震えており、前に進み出す気配はない。  誠は迷子の母親を探しに行こうと考えている。しかし夜の闇が恐ろしく、その中へ踏み出していけないようだ。  だからといって、母親を放って家の中へ逃げ帰ることもできない。  美咲が声をかけたのは、どうやらそんなタイミングだったらしい。 「…もう…」  美咲は小さくつぶやく。いじらしさで胸がいっぱいになった。  彼の背中をつつき、こちらを向かせる。  ただでさえ母親の不在と夜闇におびえている少年を怖がらせないよう、そっと言い聞かせた。 「大丈夫だよ、お母さんは大人だから。キミが寝てる間に、すぐ帰ってくるよ」 「…でも…」 「もしお母さんのことが心配で眠れないなら、おねえちゃ…いやおねえちゃんはおこがましいか…おばちゃんと一緒に中で待ってよう。ね?」 「……」  誠は無言でうつむく。  その様子からは、母親が迷子になっているというのに自分が寝ていたり誰かと一緒にいていいのだろうか、という迷いが感じられた。 「んんっ…」  美咲の口から声が漏れる。今の彼女にとって、誠はいじらしさとかわいらしさの化身だった。  手を伸ばし、彼の頭をそっとなでる。 「え…?」  誠はなぜなでられたのかがわからず、不思議そうに顔を上げた。  その澄み切った瞳に、美咲の胸が締めつけられる。 「かわいい…!」  もはや、思いを心に留めておくなど不可能だった。気づいた時にはもう、いたいけな少年の小さな体を抱きしめていた。 「う…」  誠は上下の唇を強く合わせると、声を漏らす。  美咲の感触と香りが、彼の中にある勇気の礎ともいうべきものを甘く溶かしてしまったのだ。 「うう…」 「あっ?」  彼の声が続いたことで、美咲も気づく。少年の涙をせき止めるダムは、今にも決壊しようとしていた。 「うわ…!」  誠が口を開け、泣き出そうとしたその時。 「ちょっと!」  ふたりの頭上から、鋭い声が飛んできた。  見上げるとそこには、派手な化粧と服装で自身を飾り立てた女性が立っている。 「あ」  誠の母親が帰ってきたのだ。  美咲がそれを認識したのと、相手が怒鳴ってきたのはほぼ同時だった。 「あんた人の子どもになにやってんの!?」  母親の声には、酒の臭いがまとわりついている。 「離しなさい! 誠もこっち来るの!」  彼女は誠を美咲から引きはがし、自身の脚に寄せた。  息子の無事を確認すると、今もまだ驚いた顔でしゃがんでいる美咲へ、あらためて怒声を放つ。 「あんた隣の女よね? こんな時間に子どもを連れ出そうとするなんて、一体なに考えてんのよ!」 「はあ…!?」  母親の言い草に、美咲は顔をしかめて立ち上がる。抗議の言葉を口から放とうとした。  しかし母親はもう彼女を見ていない。視線とともに、怒りの矛先を誠へ向けていた。 「誠も、なんであんな女の言うことなんか聞いたの! ちゃんといい子でいるって約束したでしょ! どうして約束守れないの!」 「……!」  激しい叱責に、誠は身を固くする。  それを見た瞬間、 「ちょっと待ちなさいよ!」  美咲の怒りが爆発した。 「この子はいい子にしてたのよ! あんたがさっさと帰ってくれば、外に出てくることなんかなかった!」  母親の怒りを超える勢いで、彼女は声を張る。 「あんたこの子がどんな思いで待ってたか知ってんの? どんな思いでここにいたか知ってんの? あんたが迷子になってるかもって、だから探しに行かなきゃって、怖くてしょうがないのにそれでもあんたのためにがんばろうとしてたのよ! それを…」  言葉の途中で、美咲の視線が下がる。  誠の動きに、目が吸い寄せられたのだ。 「……」  彼は、美咲を正面に見た状態で両手を広げている。  それは母親を背後にかばう、守りの構え。  誠は無実の罪で母親に責められたにも関わらず、美咲の怒りから彼女を守ろうとしていた。 「………」  小さな騎士の勇姿に目を奪われ、美咲は言葉を失う。  そこへ、母親の怒鳴り声が飛んできた。 「他人のクセに、誠のことを全部わかってるみたいな言い方しないでちょうだい! この子のことは私が一番よくわかってるし、一番大事に思ってる! でも生きていくためには仕事をしなきゃならないの! 子どもがいるから心配だからって、簡単に帰れるわけないでしょう!」 「…あっ」  美咲は、母親に反撃を許してしまったことに気づく。  しかし時すでに遅く、さらなる『口撃』が彼女を襲った。 「まあ? 子どもどころか結婚する予定もなさそうなあんたには、わからないことでしょうけど?」 「うぐっ…」 「好きで行かず後家なんてしてるわけじゃないとは思うわ。そこは同情してあげてもいい。でもね、だからってそれとこれとは……」  ここで、母親の視線が下を向く。  誠が新たな動きを見せたのだ。 「……」  彼は美咲のそばまで歩いていくと、くるりと振り返る。  そして両手を広げた。  先ほどは母親を守った誠が、今度は美咲を背後にかばった。 「…誠…」  母親は愕然とする。  息子がまさか、自分から離れていくとは思わなかったのだ。  その上、美咲という『他の女』を守るとは予想だにせず、言葉を失ってしまう。 「………」  一方、かばわれた美咲は、再び誠に目を奪われていた。  母親が帰ってくるまでは夜の闇におびえて歩き出すことさえできず、帰ってきてからはいわれなき叱責に反論することもできない。そんな、見るからに気弱な子どもである彼が、大人の自分を守ろうとしている。  このことが、美咲の奥底を震わせた。 「……!」  震えは甘いうずきを生み出す。誠以外の存在を、意識の中から完全に吹き飛ばしてしまった。  美咲と母親ふたりともが絶句したことで、口論は立ち消えた。  そのままの状態で数分が過ぎる。遠くから、サイレンの音が聞こえてきた。  サイレンはマンションの下で止まり、1分もしないうちにエレベーターの駆動音が響いてくる。  やがて足音とともに、ふたりの警官が現れた。 「あのーすいません、ケンカしてるって通報を受けたんですけど」 「あ」  美咲と母親は同時に、しまったという顔をする。午前3時に大声で言い合っていては、彼らを呼ばれるのも無理はなかった。  その後、ふたりが警官に諭されることで事態は収束する。母親は酔った勢いで言葉が過ぎたことを反省し、美咲も声を荒げたことを素直に謝った。  このことがきっかけとなり、美咲と母親の関係はただの隣人から気のおけない友人同士へと変化する。母親が仕事の時は美咲が誠を預かり、休みの日は3人で食事へ出かけるようになった。  その日から、ぴったり20年後。 「美咲おねえちゃん」  大人になった誠が、美咲を呼ぶ。両手を後ろに回し、笑顔を浮かべていた。  呼ばれた美咲は、不機嫌そうに声を返す。 「もう、おねえちゃんって歳じゃないんだけどね」 「俺にとっては、おねえちゃんはいつまでもおねえちゃんだよ」 「はいはい…」  白髪が少しだけ増えた後頭部を軽くかきつつ、美咲は誠の言葉を流した。  手を下ろすと、顔をわずかに右へ傾ける。 「で、何を隠してるの?」  誠が何を持っているのか、見ようとした。しかし彼は体をねじり、彼女の目からそれを遠ざける。  これに美咲は顔をしかめた。 「なあに? 今日はずいぶん意地悪じゃない」 「意地悪してるつもりはないよ」 「じゃあ一体何なの? 誕生日にはまだ早いし…」 「さあて、何だろうね」 「もったいぶるのはやめなさい」  はっきりしない誠の言い方に、美咲は少しだけ怒ってみせる。  だがそんな彼女を見ても、彼は驚きも怖がりもしない。そっと微笑むと、こんな話を始めた。 「この前、母さんと話した時に聞いたんだけど…美咲おねえちゃんって、母さんと仲良くなる前は、よく酒飲んだりタバコ吸ったりしてたんだってね」 「……? なによ、いきなり」  唐突なその内容に、美咲は目を丸くする。  誠は苦笑しながら続けた。 「俺さ、おねえちゃんはもともと酒もタバコもやらないって思い込んでたから、それ聞いてびっくりしちゃってさ」 「子どものキミに煙吸わせるわけにはいかないし…万が一、飲みかけのお酒なんて飲まれたら、救急車呼ばなきゃいけなくなるでしょ。当たり前よ」 「あと、こんなことも聞いた」  ここで誠は苦笑を消す。 「何人かの人に告白されたけど、全部断ったって」 「……は?」 「俺、それ聞いて…ホッとした部分もあるけど、おねえちゃんに告白するために近づいてきたヤツが何人もいたんだって…正直、ちょっとイラッとした」 「一体、何の話をしてるの?」 「真面目な話だよ」  誠は、言葉通り真面目な口調で告げる。不意打ちに近い変化が、美咲を戸惑わせた。  思わず言葉を失う彼女に向けて、誠はさらに語る。 「母さんはずっとおねえちゃんに結婚を勧めてたけど、ひとりが気楽だからって取り合ってくれなかった…とも言ってた」 「…!」  真面目さにかこつけて不躾な言葉を放つ誠に、美咲は少しばかりいら立つ。戸惑いは薄まり、反論する余裕が戻った。 「それが本当だったとして、キミに何の関係があるのかな」 「もしかして、おねえちゃんは俺がひとりになるのを気にして、結婚しなかったのかもって…」 「バカ言わないで」  美咲は素っ気なく言い捨てる。  しかしすぐに、口調を真面目なものに変えて彼に言い聞かせた。 「結婚なんてもんはね、縁と運なの。できる時はできるし、できない時はできない…で、あたしはできなかった。それだけのことよ」 「俺に気をつかったってわけじゃないんだね」 「当たり前でしょ、思い上がらないで…あたしのことより、キミはどうなの?」  美咲はここで反撃に出る。 「もうすぐ三十路に入っちゃうっていうのに、浮いた話ひとつ持ってこないじゃない」 「おねえちゃん…」  誠は呆れ顔で笑う。美咲の反撃は、彼の弱点どころかまったく見当ちがいの場所を攻めていた。 「俺が好きなのは、おねえちゃんだけだよ。告白だって、今まで何度もしたじゃないか」 「そういうのじゃなくて、男女の真剣な恋愛のことを言ってるの」 「俺は真剣に告白したよ」 「キミのは、『家族に対する好き』に近い感情なのよ。生まれたてのひよこが、最初に見たものを親と思い込んでついていくようなものなの」 「そっか、やっぱりそう思ってたんだね」  誠は、納得した様子で微笑んだ。  何度かうなずいてみせると、静かな声で続ける。 「俺さっき、他の男がおねえちゃんに告白してたのを知ってイラッとした、って言ったけど…それは、おねえちゃんに近づく男がいたからってだけじゃないんだ」 「…え?」 「おねえちゃんは、他のヤツだけじゃなくて俺の告白も断った。俺も他のヤツと同じあつかいなんだって…そこにちょっとイラッとした。でも」  ここで、彼の視線が美咲の目から少しそれる。 「そのヘアピン、何個目だっけ」  誠は、美咲の額右端上にあるヘアピンを見ていた。小さなガーベラの飾りがついたそれは、彼女の前髪をぴたりと留めている。  美咲はそれに指先で軽く触れると、少し考えてからこう返した。 「さあ…もう忘れちゃった」 「俺と会う時は、いつもつけてくれてるよね。それ」 「そりゃあ、キミが何個もくれたからね。使わなきゃもったいないじゃない」 「そう、俺が何個もあげた。そのヘアピン、俺がおねえちゃんと初めて会った時に見たのと同じなんだ」 「知ってるよ。もともとあたしが買ってたもんだし…キミに何度も、どこで売ってるか教えろってせがまれたし。まさかあんなにたくさんくれるとは思わなかったけど」 「俺のことを、他のヤツと同じに思ってたら…」  誠の目が、ヘアピンから美咲の瞳に戻る。 「いつまでもそれ、使わないよね」 「………えっ?」 「他のヘアピンだって持ってるのに、俺の前ではそれしかつけない…そんなこと、しないよね」 「……?」  誠が何を言っているのか。 「…………!!」  理解した瞬間、美咲の顔が真っ赤になった。  彼女は両手を自身の前に出すと、それを震わせながら反論する。 「な、なな何バカなこと言ってんの!? さっきも言ったでしょ、キミがたくさんくれたから、使わなきゃもったいないってだけ…!」 「少なくとも、俺のこと嫌いだったら使おうとは思わないよね」 「嫌いだからキミの告白を断ったと思ってるの? そんなわけないでしょ。さっきも言ったけど、キミがあたしのことを好きって言ってるのはひよこが…」 「俺は、ひよこなんかじゃないよ」  誠はそう言うと、後ろに回していた両手を前にもってくる。  美咲に、小さな箱を見せた。 「…? これは…」  箱を覆う白銀の輝きが、彼女の目を奪う。  その直後、誠の手が箱を開けた。 「!」  中にあったのは、指輪。  ダイヤモンドがあしらわれた、銀色の指輪だった。 「…………」  美咲の頭が真っ白になる。なぜ自分が指輪を目にしているのか、まったくわからない。  そこへ、誠の言葉が聞こえてきた。 「結婚しよう」 「………」  美咲は無言のまま、指輪を見つめ続ける。  しかしやがて言葉の意味を理解すると、 「…はあ!?」  大声とともに顔を上げた。  顔を上げたことで誠と目が合う。彼の真剣な眼差しに見とれそうになるが、どうにかそれをこらえた。  とはいえ、冷静になれたわけではない。美咲はあわてて声を張った。 「ばっ…バカ言ってんじゃないわよ! キミとあたし、いくつ離れてると思ってんの!?」 「16」 「そうよ!」  誠の回答を聞くと、美咲は大きくうなずく。それから早口で続けた。 「赤ちゃんと高校生ぐらい離れてるの! しかも、キミのお母さんと10くらいしかちがわないのよ、あたしは!」 「でも、俺だってもう大人だし関係ないよ」 「そういう問題じゃないの! 世間体ってもんがねえ…!」 「それなら大丈夫」 「何が大丈夫なのよ!」 「俺がちゃんと、守るから」 「ばっ……!」  何度目かの、バカという言葉。しかし、たった2文字しかないその言葉を、今回は最後まで言い切ることができなかった。 「……」  守るという誠の言葉が、あの日見た小さな騎士を美咲に思い出させている。胸が詰まってしまい、彼女は何も言えなくなった。  絶句した美咲に、誠がしっかりとした口調で想いを告げる。 「俺は、美咲おねえちゃんが大好きなんだ」  その言葉には、迷いもよどみもない。 「だからずっと一緒にいたい。今までも家族みたいだったけど、本当の意味で家族になりたい…ずっとそう思い続けてきた」 「………」 「でもおねえちゃんの中では、俺はいつまでも小さな子ども…そこを突破するには、覚悟を見せなきゃいけない」  誠は、指輪が入った箱を美咲に近づける。 「この指輪は、俺の覚悟と…誓いの証なんだ」 「……!」  夜闇を裂く光のような誠の想い。  それが、美咲の胸を貫いた。 「き、キミって子は…」  限界を超えた気恥ずかしさが、彼女に口を開かせる。どうにか雰囲気を変えようと、震える声で茶化そうとした。 「そ、そんなこと言って、恥ずかしく…ないの」 「全然、恥ずかしくないよ。俺は美咲おねえちゃんが大好きだから、今までだって何度も告白してきた」  誠は、真っ直ぐな目で美咲を見つめる。 「でも今日、もう一度…あらためて言わせてほしい」 「…い、一体、何を言おうってのよ」  美咲は軽口を返し、顔をそらそうとする。  ここで、誠が畳の上に正座した。箱を開いたまま、自身の脇に置く。  彼の真剣な様子に、美咲は顔をそらせなくなった。彼女も彼の前に正座した。 「………」 「……」  ふたりは正面から見つめ合う。  誠は口を開くと、静かでありながら力に満ちた声で言った。 「美咲さん、俺と結婚してくれ」 「!」  美咲は目を見開く。  誠はこの時初めて、『おねえちゃん』という呼称を外して彼女を呼んだ。  その意味を。  誠の想いを。  美咲とて、感じないわけではない。  だが。 「…もっと若くてかわいい子、いっぱい…いるでしょう」  美咲は目をそらした。  16歳という年齢差は、彼女にとってそれほどまでに大きく固い壁だった。 「こんな年上のおばさんと結婚したいとか、おかしいわよ」 「おかしくたって構わない」  誠は、きっぱりと言い切る。  純粋で強い想いを、そのまま彼女にぶつけた。 「何度でも言うよ。俺は立花 美咲が大好きなんだ」 「……!」  固い壁に穴が開く。  穴は無数の亀裂を壁全体に走らせ、破壊した。 「………」  美咲は指輪を見つめる。  ダイヤモンドが放つ虹色のきらめきは、とても美しかった。  この指輪を買うために、誠がどれだけの苦労を重ねてきたのか。それを思うと、胸の奥底が震える。 「くうっ…」  その震えは、あの日感じた甘いうずきを思い出させた。  壁を失ったところにそんなものが加わってしまっては、ひとたまりもない。 「本当に……」  誠の覚悟と誓いを跳ねのけることなど、できるわけもなかった。 「本当に、バカなんだから………」  美咲の目に、光るものが現れる。  そっと微笑むと、そらし続けた瞳を誠へ戻した。 「ありがとう」  輝く雫が、頬を伝う。 「あたしもずっと好きだった。ずっと、ずっと……!」  雫とともに、想いがあふれ出す。  誠は両手を伸ばし、美咲を優しく抱きしめた。 「今までも幸せだったけど、これからもっと幸せになろう。一緒にさ」  真っ直ぐな言葉が、すべてをあたたかく満たす。  美咲は何度もうなずきながら、まるで小さな子どものように声をあげて泣き続けるのだった。    Fin.
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