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いつものように安彦が土手でももを待っていると、「おい吉田」と男子の声で呼ばれた。
振り向くと土手の上に男子が三人いる。
一人は同じクラスの浜田で、あとの二人は知らない顔の、坊主頭とメガネだ。
「われいっつも女と遊んどるじゃろ」
「……か、関係ないだろ……」
三人はニヤニヤしながら降りてくる。
「チューしてんの見たぞ」
「え?してないよ!」
「この東京もんが、女とばっかり遊びくさって!」
浜田が飛びかかり安彦を土手に押し倒す。
すかさず他の二人が安彦の手足を押さえる。
「やめろよ!」
一人が安彦のズボンのポケットに手を突っ込み、素早くたまごっちを抜き取る。
「あったぞ!」
「おい!返せよ!」
三人はたまごっちを交互にパスしながら逃げる。
「これ貰いー!」
「返せ!」
メガネに追いついた安彦が、後ろ襟をつかんで引き倒す。
「いてっ!」
メガネに馬乗りになり、右手のたまごっちをもぎ取る。
坊主が背後から安彦を羽交い締めにする。
浜田が安彦を殴り、二人がかりで安彦を引きはがす。
安彦は土手を転げ落ちながら、手にはたまごっちを握っている。
「おい!取り返せ!」
安彦に駆け寄る三人。
「こら!やめなさい!」
ももが土手の上から叫び、三人に何かを次々と投げつける。
「いててて!」
ももはキラキラした物を投げつけながら、土手を駆け下り、浜田の鼻頭に勢いよくパンチを繰り出す。
ごつっと鈍い音がして浜田がよろける。左手で鼻を押さえ、びっくりした顔でももを見つめる。
「まだやる気?」
ももが一歩踏み出し右手をあげると、浜田が土手を駈け上がり、坊主とメガネも慌てて後に続いた。
「だいじょうぶ?」
ズボンの草を払う安彦の顔をももが覗きこむ。
「だいじょうぶだよ。これ取られそうになった」
「あー、たまごっち。こっちだと買えないからね」
「あいつら、ちくしょう……」
「でも、やり返して強かったね、やすひこ君」
「それより、もものパンチ」
「あれですんでラッキーよ、あいつら。それより、ビー玉拾って」
「あれビー玉か!ぶつけてたの」
「うん、やすひこ君とやろうと思って」
二人は夕陽に輝くビー玉を二十個ほど拾い集めた。
「でも、女のくせにビー玉やろうなんて、変わってるよな」
「……そうかな?お人形さんごっこがよかった?」
ももは安彦をおちょくるのが好きだ。
「そうだ。ももは夏休みの課題図書、なんにすんの?」
「まだ決めてないの?」
「うん。オレ漫画しか読まないし」
「ふーん、じゃあ……モモにしたら?」
「もも?そんな本あるんだ」
「カタカナで、モモ。エンデって人が書いた、モモっていう不思議な女の子が冒険する話。すごい面白いよ!」
「へー、主人公がモモってゆーんだ」
「わたし持ってるから、貸してあげようか?」
「こんど持ってきて」
「うん」
***
夏休みの前日、ももは、ミヒャエル・エンデのモモを持ってきた。
表紙にペン画のお城の絵を施した本は、四百ページありずっしりしている。
想像していたよりぶ厚い本に、安彦は困惑しながら、ページをぱらぱらとめくる。
「はぁ……感想文、めんどくさ……」
「できたら、わたしに見せてよ」
「え?」
「赤ペン先生してあげる」
「だったら全部ももが書いてよ」
「そんなのダメに決まってるでしょ!」
「ケチ」
「面白いし、思ったこと書けばだいじょうぶ!」
二人は二週間後に会う約束をして別れた。
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