3

1/1
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ

3

 いつものように安彦が土手でももを待っていると、「おい吉田」と男子の声で呼ばれた。  振り向くと土手の上に男子が三人いる。  一人は同じクラスの浜田で、あとの二人は知らない顔の、坊主頭とメガネだ。 「われいっつも女と遊んどるじゃろ」 「……か、関係ないだろ……」  三人はニヤニヤしながら降りてくる。 「チューしてんの見たぞ」 「え?してないよ!」 「この東京もんが、女とばっかり遊びくさって!」 浜田が飛びかかり安彦を土手に押し倒す。 すかさず他の二人が安彦の手足を押さえる。 「やめろよ!」 一人が安彦のズボンのポケットに手を突っ込み、素早くたまごっちを抜き取る。 「あったぞ!」 「おい!返せよ!」 三人はたまごっちを交互にパスしながら逃げる。 「これ貰いー!」 「返せ!」 メガネに追いついた安彦が、後ろ襟をつかんで引き倒す。 「いてっ!」 メガネに馬乗りになり、右手のたまごっちをもぎ取る。 坊主が背後から安彦を羽交い締めにする。 浜田が安彦を殴り、二人がかりで安彦を引きはがす。 安彦は土手を転げ落ちながら、手にはたまごっちを握っている。 「おい!取り返せ!」 安彦に駆け寄る三人。 「こら!やめなさい!」 ももが土手の上から叫び、三人に何かを次々と投げつける。 「いててて!」 ももはキラキラした物を投げつけながら、土手を駆け下り、浜田の鼻頭に勢いよくパンチを繰り出す。 ごつっと鈍い音がして浜田がよろける。左手で鼻を押さえ、びっくりした顔でももを見つめる。 「まだやる気?」 ももが一歩踏み出し右手をあげると、浜田が土手を駈け上がり、坊主とメガネも慌てて後に続いた。 「だいじょうぶ?」 ズボンの草を払う安彦の顔をももが覗きこむ。 「だいじょうぶだよ。これ取られそうになった」 「あー、たまごっち。こっちだと買えないからね」 「あいつら、ちくしょう……」 「でも、やり返して強かったね、やすひこ君」 「それより、もものパンチ」 「あれですんでラッキーよ、あいつら。それより、ビー玉拾って」 「あれビー玉か!ぶつけてたの」 「うん、やすひこ君とやろうと思って」  二人は夕陽に輝くビー玉を二十個ほど拾い集めた。 「でも、女のくせにビー玉やろうなんて、変わってるよな」 「……そうかな?お人形さんごっこがよかった?」 ももは安彦をおちょくるのが好きだ。 「そうだ。ももは夏休みの課題図書、なんにすんの?」 「まだ決めてないの?」 「うん。オレ漫画しか読まないし」 「ふーん、じゃあ……モモにしたら?」 「もも?そんな本あるんだ」 「カタカナで、モモ。エンデって人が書いた、モモっていう不思議な女の子が冒険する話。すごい面白いよ!」 「へー、主人公がモモってゆーんだ」 「わたし持ってるから、貸してあげようか?」 「こんど持ってきて」 「うん」 ***  夏休みの前日、ももは、ミヒャエル・エンデのモモを持ってきた。  表紙にペン画のお城の絵を施した本は、四百ページありずっしりしている。  想像していたよりぶ厚い本に、安彦は困惑しながら、ページをぱらぱらとめくる。 「はぁ……感想文、めんどくさ……」 「できたら、わたしに見せてよ」 「え?」 「赤ペン先生してあげる」 「だったら全部ももが書いてよ」 「そんなのダメに決まってるでしょ!」 「ケチ」 「面白いし、思ったこと書けばだいじょうぶ!」  二人は二週間後に会う約束をして別れた。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!