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「君は、彼女を幸せに出来る自信が? 」
かつては俺も……彼くらいの年の頃は、愛に疑う事も無かった。いつの間に、こんなにも臆病になってしまったのだろう。
「俺の気持ちを過小評価しないで下さい。あなたが思うよりずっと……」
苦しそうに顔を歪めた彼が、まるで昔の自分を見ているようだった。過小評価など、出来るわけもなく、羨ましい。それに似た感情だった。
「悪い、これだけは譲る気は、ない」
「ただ紙切れ上の夫婦に彼女を縛り付けるくらいなら自由にしてあげて下さい。これ以上苦しめるなら。それが愛というものでしょう」
「君の思う愛、だろ? それは」
「俺が望むのは……光さんの幸せだけです」
今度も真っ直ぐに俺を見て、彼はそう言った。
「それが、彼女への俺の愛です」
「君が幸せにしたいとは、思わないと? 」
「まさか。彼女の愛が俺にあるなら、勿論そうしますよ。むしろ、そうなら……俺の所に彼女の幸せがある、とも言える」
「あるんじゃないのか」
「案外、馬鹿ですね」
「……」
「俺は、今……彼女の愛がどこにあるか知ってる。その上で光さんを愛してる。……それすら、見えなくなってるあなたは……」
彼はピッと伝票を指で挟んで取ると
「どうかしてる」
強い目を向けてそう言った。
「俺が呼び出したので、払っときます」
そう言って立ち上がった。
「人の気持ちは、変わるもんだ。だからこそ、未来の彼女が欲しい。そのために、今がある。……だけど、あなたは……どうかしてる」
最後にもう一度俺にそう言うと、彼は店を出て行った。
どうかしてる。俺も、そう思う。
もう、とっくに。どうかしてるんだ。俺は……。
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