19.誰を

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 彼女の笑顔を呆然と見ていた。 「どうします? 」 「どうって……」  頼むしか、ないのか。彼女に? 「私は別れて欲しいんですよね、なのに、協力してあげようって思ってるんですよ? 」  上目遣いの目が、笑ってない。 「……何が目的だ」  うちの会社の受付になるくらいだ、可愛いと言われる女なのだろう。だけど、本性をここまでさらけ出され……ため息しか出ない。 「容姿には自信があるんです、私」  俺の頭の中を読んだのか、彼女はそう言って笑った。 「だけど、あなたの前では、そんなもの何の意味も成さない。(なり)振り構ってられないんです。誰に何を思われてもいい。それは、あなたも例外じゃありません。絶対に諦めない! 」  随分と執着されたもんだな。醜態といっていいほどのモノを見せておいて、好きになるとでも思っているのだろうか。 「くっ、はは。清々しいね、佐田さん」 「ええ、私、欲しいモノは欲しいんです。状況とか、相手の気持ちとか、そんなもの知りません」  いや、相手ありきだろう、恋愛なんて。 「子供だな」 「素直、なんです。自分に。大人は欲しがったら駄目ですか?  欲しがらないと手に入らないでしょ? 子供のように、欲しがらないと」 「二周ほど回って、面白いね、佐田さん、君は」 「人の気持ちは変わるものですよ、仲村さん。ほら、いけ好かない女が、面白い女に変わったでしょ? 」  そう言って、ふふっと肩をすくめて笑った。 「随分と、ハートが強いんだね」 「まさか、ドキドキしてますよ。触ります? 」  …… 「止めておくよ」  俺の返事に彼女はまた、ふふっと笑った。 「人の気持ちは変わるものです。生身の人間である限り、可能性はあると思ってます。私は諦めませんよ」  宣戦布告のような告白をされ、言葉に詰まる。 「奥さん、『欲しいものを、欲しいと言える、あなたの恋って、素敵ね』って褒めて下さったんですよ。私に、譲って下さるのかしら? だって、ほら! 奥さんも、仲村さんも“欲しいものを、欲しい”って、言えないみたいだから。ね? 」  首を傾げて、ふふっと上目遣いで笑ってそう言って  彼女は立ち上がった。自分のバッグを持ち俺を見下ろすと、もう一度、にっこりと笑った。 「ご馳走さまでした、仲村部長。また、“デート”して下さいね」  そう言って、個室の部屋から出て行った。しばらくすると、佐田からメッセージが届いた。 『早く帰れる日は前もって連絡下さい』  おそらく、それは……“デート”の予定ではなく光にメッセージを送るその日の為にだろう。 『人の気持ちは変わるもの』  伊東と、佐田の言葉が、何度も頭の中に響いた。
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