2193人が本棚に入れています
本棚に追加
彼女の笑顔を呆然と見ていた。
「どうします? 」
「どうって……」
頼むしか、ないのか。彼女に?
「私は別れて欲しいんですよね、なのに、協力してあげようって思ってるんですよ? 」
上目遣いの目が、笑ってない。
「……何が目的だ」
うちの会社の受付になるくらいだ、可愛いと言われる女なのだろう。だけど、本性をここまでさらけ出され……ため息しか出ない。
「容姿には自信があるんです、私」
俺の頭の中を読んだのか、彼女はそう言って笑った。
「だけど、あなたの前では、そんなもの何の意味も成さない。形振り構ってられないんです。誰に何を思われてもいい。それは、あなたも例外じゃありません。絶対に諦めない! 」
随分と執着されたもんだな。醜態といっていいほどのモノを見せておいて、好きになるとでも思っているのだろうか。
「くっ、はは。清々しいね、佐田さん」
「ええ、私、欲しいモノは欲しいんです。状況とか、相手の気持ちとか、そんなもの知りません」
いや、相手ありきだろう、恋愛なんて。
「子供だな」
「素直、なんです。自分に。大人は欲しがったら駄目ですか? 欲しがらないと手に入らないでしょ? 子供のように、欲しがらないと」
「二周ほど回って、面白いね、佐田さん、君は」
「人の気持ちは変わるものですよ、仲村さん。ほら、いけ好かない女が、面白い女に変わったでしょ? 」
そう言って、ふふっと肩をすくめて笑った。
「随分と、ハートが強いんだね」
「まさか、ドキドキしてますよ。触ります? 」
……
「止めておくよ」
俺の返事に彼女はまた、ふふっと笑った。
「人の気持ちは変わるものです。生身の人間である限り、可能性はあると思ってます。私は諦めませんよ」
宣戦布告のような告白をされ、言葉に詰まる。
「奥さん、『欲しいものを、欲しいと言える、あなたの恋って、素敵ね』って褒めて下さったんですよ。私に、譲って下さるのかしら? だって、ほら! 奥さんも、仲村さんも“欲しいものを、欲しい”って、言えないみたいだから。ね? 」
首を傾げて、ふふっと上目遣いで笑ってそう言って
彼女は立ち上がった。自分のバッグを持ち俺を見下ろすと、もう一度、にっこりと笑った。
「ご馳走さまでした、仲村部長。また、“デート”して下さいね」
そう言って、個室の部屋から出て行った。しばらくすると、佐田からメッセージが届いた。
『早く帰れる日は前もって連絡下さい』
おそらく、それは……“デート”の予定ではなく光にメッセージを送るその日の為にだろう。
『人の気持ちは変わるもの』
伊東と、佐田の言葉が、何度も頭の中に響いた。
最初のコメントを投稿しよう!