2190人が本棚に入れています
本棚に追加
「土曜日の昼過ぎには帰るし、どこか出かけるか? 」
柊晴はそう言った。金曜日の今日は“出張”だ。
「そうねぇ、帰って来てから決めましょう」
そう言った。
『少しゆっくりさせてもらう』
と、だけ伝えていた。柊晴の事だから、こうでもしないと、ずっと私の事を心配して自分の事は犠牲にするだろう。ごめんなさい、だけど……いつかきっと、二人の元へ笑って戻れる日の為に、今はこうするしか……。
「じゃ、一緒に行くか」
そ う言って一緒に玄関を出た。
「あ、しまった……悪い、忘れ物。ここで待ってて」
そう言って柊晴が戻って行くのをマンションのエントランスで待っていた。
直ぐに戻って来た柊晴と肩を並べて歩いた。
……こんな日も、いつかは、過去になっていつかは、忘れてしまう。タイルの上を柊晴のスーツケースが滑る音が響く。
「今日は寒さが、ちょっとマシかな」
少し長めの柊晴の髪を2月の風が散らす。風に髪を梳きあげられたその横顔が……まるで〈柊晴〉みたいで
「髪、短い方がいいね」
持ち上がった髪が、ふわりと元に戻る。それが何だか惜しくて、手を伸ばした。
何も考えずに、自然に。そっと、その髪を耳にかけた。
……やっぱり、見覚えのある顔になる。
柊晴が驚いて、立ち止まる。目が一度逸らされ、もう一度私を捉えた。私が耳にかけた髪を乱暴に、乱すと
「光……俺……」
……あれ、これ……知ってる。
「柊晴……私……」
最初のコメントを投稿しよう!