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最終日は、お世話になった人に順に挨拶をして会社を出た。
そこで、呼び止められて振り向く。
……伊東くん
「ほら、戻らないと……」
「昼休憩、ずらしたから」
……何か言いたそうに私を見つめ、俯いた。
「ごめん、しつこい、よな」
そう言った伊東くんに微笑み、首を横に振った。
もうすぐ、1日で一番気温が高くなる時間だというのに……冷たい風が目の前を通りすぎて行く。
「元気で」
そう言った私を人目も憚らずに引き寄せた。だけど、彼の胸に到着する少し前で止められる。伊東くんの手だけが、私の背中に置かれたまま。
「忘れないで、俺の……事も」
耳元でも小さな声。
「元気で」
そう言うと、背を向けて手を上げた。優しい言葉が優しい香りとともに、私の胸に小さな旋風のように舞って……消えた。
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