25.欠片

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 マンション近くの路上、一台のタクシーが停まる。  ……光だ。 タクシーの前に飛び出そうとして躊躇した。同じ思いはさせたく、ない。 少し落ちついて、タクシーが発車する気配がないことを確認してから、前へ立った。俺に気付いた運転手に窓を開けるように合図する。 「光! 約束が違うだろ。ああ、いいわ、降りろ! 」 「柊晴、外だから。お願い」  光にそう言われ、運転手の青ざめた顔、それから通行人の好奇な目に晒されていた事に気付いた。  同時に、全く落ち着けていない事にも。 「降りろ」  今度は穏やかに、だけど、強い口調でそう言った。 「ごめんなさい。無理なの。帰ってくる、きっと。だから、お願い。今は……」 「信じられる訳ないだろ」 「お願い」 「無理だ」 「お願い、必ず戻る……だから」  戻る?  その意味を考える。戻るくらいなら、行かなきゃいいじゃないか。  ……光が、苦痛に顔を歪め、腹部に手を当てた。小刻みに震え、懇願するような瞳……こんな顔をさせたいわけじゃない。ここに居ても、治らない。 「どれくらい、必要なんだ」 「……3年……」  光が、俺を愛してくれる未来がそこにあるなら何年だって待つつもりだ。だけど、これはそうじゃない。 「無理」 「そんなの……」 「誕生日。光の誕生日に、帰って来い。それから……これ」  そう言って以前受け取らなかった、キャッシュカードを渡した。渋々受け取った光に言った。 「月に1回は必ず下ろせ。出ないと、離婚しない。この約束だけは守って貰う」 「なら、今……離婚」 「光。力で降ろそうか? 」  俺の言葉に光がまた渋々ながら頷いた。 「……分かった」 「約束だ。帰って来い」  そう言って、窓から小指を出す。絡めた指。いつかのデジャヴ。守られなかった、あの……指切りは。守られなかった。だけど、夫婦になれた未来があった。だから…… 「信じてる」  そう言った。 「分かった」 「すいません運転手さん、行って下さい」  穏やかにそう言った。運転手は、俺と光を交互に見て、ほっとしたように走り出した。
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