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その会社の定時を少し過ぎたくらいにその人は会社から出てきた。
「……俺の人生で、美女に待ち伏せされるなんて……」
伊東くんは、いたずらっぽく笑ってそう言った。
「はいはい、100万回くらいあるでしょ、あなたなら」
「まぁ、ね。だけど……見つけて胸が痛くなるのは、誰かさんだけだなー」
そう言った。
「食事、行きましょう。今日は美女待たせてない? 」
「ええ、あなたも……」
「柊晴、今日は若い子とデートなの。だから私も……」
「OK、行きましょう」
炭火で焼いた鶏の匂いが、食欲をそそる。
──
少し鼻を近づけるも、いつもの匂いがしない。
「香水、つけてないの? 」
「ああ、俺がね、あの香りで……光さんを思い出すもんでね」
複雑そうにそう言って食べ終わった串を、串立てにさした。
「……伊東くん、ありがとう」
私がそう言うと、片手で目に庇をつくるように、自分で、私への視線を遮った。
「……別に」
そう言った伊東くんに
「見守ってくれて、ありがとう」
「……何だよ、礼を言われる事なんて……」
「うん、ありがとう」
「……下心しかねぇ」
「うん、ありがとう」
「……柊晴さんの事も、俺の事もどっちも忘れたんなら…俺にもチャンスはあるって……」
「うん、でも……お陰で、変わらずに働けた。家族に止められる事も、会社を辞めさせられることもなく。伊東くんがいてくれたから」
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