31.光

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 ならば、今ここで電話番号とかアドレスとか聞くのは良くない。一度帰ってから京也経由で聞くのも駄目だろ。  手……も、握ったら駄目か。 「光ちゃんはここ、よく来るの? 」 「春香に教えて貰ってから、たまに。京也くんの邪魔にならない席にいさせて貰ってる。この雰囲気が好きで……懐かしいよね、香りも……」 「……そうだな。あ、仲村柊晴です」 「どんな字? 」  彼女が書けと、俺に手帳の白紙のページを開きペンを渡してくる。 「誕生日は11月か12月ね」 「……11月」 「そう、冬の近づいた空気の澄んだ日に生まれたのかしら」  手帳から顔を上げた目が俺を見る。落ち着いた黒い瞳の奥、俺の姿が映る。微笑むと長い睫毛が目尻に流れる。何度か睫毛が打ち合わされるのを見ていた。 「今日みたいに、晴れた日だったのでしょうね」  “柊”はヒイラギ。初冬の季語だ。だけど、クリスマスにも、節分にも使われる。晴れた日に、生まれたと、親から聞いた。 「柊晴、素敵な名前ね」  1日のうち、何度恋に落ちるのだろうか。俺は、彼女が……好きだ。彼女の笑顔に幾度となくそう思った。
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