32.ドアの外

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 どれくらいの期間、京也の店に通い詰めただろう。  装った偶然が、偶然ではないことも、俺がこの喫茶店の常連でもないことを、光は気づいていただろう。俺のいないところで、春香が力を添えてくれたのだろうと思う。少しづつ信用を得て、少しづつ、光は俺に心を開いてくれた。  ──静かな空間で光が本を読む。そこで少しの時間を共有する。光の邪魔をしないように、前の席に座り、ただそこにいた。何時ものように、区切りがついたのか本を閉じてテーブルに置く。  伏せられた睫毛がゆっくりと上げられ、彼女が言葉を発するのを待った。 「……もう、ここには来ないで」  邪魔をしたつもりは無かった。何も言えない俺に、光が笑いかける。 これから、振られるかもしれないというのに、その笑顔に見惚れていた。 目も、鼻も、口も……心地よく耳に届く少し低い声も……全部、全部、全部、俺の為に用意されているかのようにすら思う。  ……綺麗だった。 「あなたが、退屈でしょう? 」  退屈?  まさか!今とても綺麗なものを見せてもらっているのに。何よりも素晴らしいと思える時間を過ごしてるというのに。
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