32.ドアの外

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 そう言っても、光は俺を迎え入れてくれた。 「私も……ちょっと、足りなくて」 「何が」  意味が分からずそう聞くと 「もう、言わなきゃ分からない? 」  そう言って少し頬を膨らませる。 「あー、もう、好きだ」  そう言って抱き締める。光が嬉しそうに笑う。  “俺に夢中”  それって、光も同じってことだ。止められないほどのこの気持ちと。 「柊晴が、足りなかった」  恥ずかしそうなその小さな声に大きく心が揺さぶられる。俺の首に顔を埋めて 「私、柊晴のこの香り……本当に好き」  それは、その年に発売した香水だった。香水なんて着ける男はどうだろう。チャラいだろうか。そう思っていたけれど、その店で配ってたムエットを受けとると 「……ね、いい香り。柊晴似合いそう」  そう言われ買った、光と会う時にしか着けないアリュール。 「俺も、光の香り、好きだ」 「……うん、これも最近買ったのよね。“永遠(エタニティ)”」 「俺と会う時にしか、つけないで」  好きで好きで好きで……幸せの、絶頂だった。この世の全てを手に入れた、それほどの気持ちだった。光は物静かな性格だけど、旅行は好きらしく、よく二人で計画を立てた。  それが、あの伊勢への旅行だった。それから、北海道。  沖縄への約束。  とにかく、光に、まつわる全ての事が、幸せに繋がってた。  ──あの日が来るまでは。
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