36.出会い

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「場所、変えましょうか」 「あ、ありがとうございます」 「いえ」  光のトレーを戻すと光は俺に他人行儀にそう言った。光のまるで他人を見るような瞳に目を逸らしたくなったけれど。  女性はみんな、落ち着いた男が好きらしい。ならば、落ち着いた男になろうと思う。俺は。  やりきって見せる。事前に予約しておいた店は、少しづつ料理を提供してくれる。和え物だとか、煮物とか、季節の料理を。1本の蕗だとか、綺麗に切られた野菜だとかの……1種類づつの炊き合わせ。光の好きなものばかりだ。以前なら、俺の分も食ってただろうに。 「あ、そうだ」  そう言って、名刺を出した。“初対面”なんだったな。 「あ、じゃあ、私も! 」  光が慌てて自分の名刺を出す。 「綺麗なお名前ですね」  ……光……綺麗な名前だなって、初対面のあの日に本当にそう思った。 「(あきら)さんは、休日は何を? 」  ……。一瞬の間。名字で呼ぶべきだったか。 「えっと、春香と住んでるので二人でお買い物とか、映画鑑賞とか」 「その時間、今度からは少し俺が頂いてもいいですか? 」 「……勿論です」  春香の言う通りだった。会社関係という固い繋がり。春香の知り合い。落ち着いた男。  光がそれだけで好印象を持ってくれたのが分かった。
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